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「陣痛室」という部屋があった。
2階の診察室を出て廊下を進み、いちばん奥の部屋へ連れられていく。朝の、がらんとしたその白い部屋にはベッドが6台ほど並び、わたしの入院用の荷物が一番奥のベッドの傍らに置かれていた。
そこに寝かされると、胎児の心拍と陣痛の波を計測する装置を看護婦さんが手際よくわたしのおなかに取り付ける。
「以前、ジャーナリストの女性がいて、自分の出産の一部始終をメモしてましたよ」と看護婦さんが言う。
「これからいろんな痛みが来るから、陣痛の痛みなんて忘れちゃいますよ。」
え???


よくテレビなんかでみる陣痛のシーンは、みんなすごく苦しがってるし、少し前に出産した義妹は「死ぬほど痛かった」と言ってたし、これからどんなに痛みがやってくるんだろう。

モニターからは白いレシートのような紙が長く出て丸まっていく。ここには赤ちゃんの心拍が記録されていく。
「おなかの赤ちゃんの心拍を130から160の間で保つように呼吸してください。紙が外れたりモニターに異常があったり、なにかあった時はこのボタンを押してください」
看護婦さんはそう言い残していなくなった。
ここから早い人で15時間くらいらしい。「まだまだ、とテンションは低く持て」出産についてはほとんど知識がなかったので、先生や看護婦さんのひとつひとつの言葉がたよりだった。

破水を自覚できたのは、それからだ。ちょっと寝返りをうったり、姿勢を変えたりすると、じょーっと羊水が流れ出ていくのを感じた。見たこともないような大きなナプキンをもらったけど、それもすぐにびしょびしょになり、何度もトイレにとりかえにいく。
このまま羊水がなくなってしまったら、赤ちゃんが苦しくなるんじゃないか心配になる。

無菌状態だった羊膜の中に、破水によって雑菌が入りこみ、赤ちゃんが感染する可能性があるので、23時を過ぎたら抗生剤の点滴を始めるということだった。

陣痛はその間にもあいかわらず、波のようにぐっと痛みを凝縮させてはゆるんで散っていく。まだ大丈夫。耐えられない痛みじゃない。
そのリズムはモニターに数値となって表れている。
隣にはこどもの心拍数を示すモニター。深い呼吸を意識していると、だいたい130‐160でいったりきたりする。

こうして可視化されると、ストレスから息苦しい日々を過ごしてしまった妊娠中のことが思い出され、どんなに苦しい思いをさせてしまったことだろうと悔やまれる。

母親が精神的に苦しむと、おなかの赤ちゃんも苦しみもがいているらしいことは後で本で知った。