阿部初美のブログ

演劇の演出家です。

Life

引っ越します

今月26日に引っ越すというのに、こどもがいる時は作業が全くできないこともあって、荷造りがなかなか進まない。昨日は本当にありがたいことに仕事の仲間だった制作のSちゃんとノムさんが手伝いに来てくれた。
Sちゃんは、ずっと作品を一緒に作ってきた人で、なぜか一緒のタイミングで結婚が決まり、新居探しをし、そして信じられないことに一週間違いで妊娠し、ちょうど一週間違いでSちゃんは女の子を、わたしは男の子を無事に産んだ。一緒に仕事してきたとはいえ、そこまで一緒じゃなくても〜、、、と冗談みたいな話で本人たちもびっくりだった。
今回はSちゃんの子Mちゃんも一緒にお泊まりに来てくれた。前の晩はSちゃんのお母さんやノムさんも来てくれて、本当にひさしぶりにみんなでにぎやかに過ごした。仕事をしていた頃は時々こんなふうにうちに集まってご飯を一緒に食べたりやっていたが、産後は初めてのことだ。今はちっちゃいのが二人チョロチョロして、それがなんとも和やかな風景で、こんなふうににぎやかなところでこどもを育てられたらどんなにいいだろうと思った。しかし子育て中の家には、以前の友だちも誰もほとんど人は来てくれず、それは社会から排除されたような、本当に孤独な日々なのだ。大人だって同じ人とずっとこもりきりで一緒にいたらおかしくなるだろうと想像つくように、母親だって大人の刺激が全く得られないところでずっとこどもといることはできないし、こどもを産んだからといってこどもと一緒にいるのが楽しくて仕方ないというふうにはならない。こどもだって母親以外の人と触れることで、社会性をみにつけ、違う価値観と出会い、解放されていく。二人きりの関係は煮詰まりやすい。
「ママ友」という言葉もあるが、こどもを産んだという共通の体験だけで親しい友だちとしてつきあうなんてほとんど不可能だ。という困難な状況に多くの母親はさらされている。
Sちゃんは、「社会復帰」という言葉は、子育て中の母親は社会に含まれていない、つまり社会に存在を認められていない存在だということをしめしていると言っていたが、本当にその通りだと思う。こんな社会をわたしたちは本当にのぞんでいるのだろうか?
Sちゃんとは産後数回あったがそんなにゆっくり話もできずだったが、今回はこどもたちが寝静まった後、夜更かししてずいぶんいろんな話をした。同じ世界で仕事をし、同じタイミングで仕事を休んだSちゃんとは、感じていることにやっぱりたくさん共通点があった。

わたしがワークショップの仕事で少しずつまた自分の活動を始めたように、行動力のあるSちゃんもまた自分の活動を始めていた。なにができるかわからないけど、これから今感じている違和感を少しでも解消できるような活動がまた一緒にできたらいいと思う。
Sちゃんちと近所だったらどんなにいいだろうと思うが、Sちゃんちは神奈川で、うちは今度は埼玉なので、まだまだ離れたままだ。

ということで、この夜はまた北九州の勉強会の続きのような夜になり、勉強会のフィードバックがまだできていないので早くやりたいのだが、引っ越しの準備が終わらなそうなので、荷造りのめどがついたところか、引っ越したあとでまとめたいと思う。


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「見る/見られる」、育児と演劇/北九州

「見る/見られる」は、演劇を成立させる基本的動作だが、最近、Kを見ていて、この「見る/見られる」について、少し思うところがでてきた。

Kはとにかく嫌々が激しいこどもで、とくに体を触られるのがあまり好きじゃないらしい。
あかちゃんの時から抱っこをしても機嫌がよくならなかったし、泣きやまなかった。おんぶも好きじゃなかった。一才半過ぎた頃やっと、ほんとうに時たま自分から「抱っこ」というようになって、めずらしいなと思った。
だから歯磨きをさせられたり、鼻水を吸われたり、薬を飲まされたりする時に、体を押さえられるのをものすごく嫌がる。でも押さえないと逃げてしまうので、押さえざるを得ない。どんなにほめられてもこればかりは嫌、という感じだ。
ところが最近、歯磨きのために率先して仰向けになり、口をあけるような事態が起こった。
わたしが人形を二つ手に持ち、「わーすごいねー、K、歯磨きするんだって、あ、おおきいおくちあけてるよ、えらいねー、パパに歯磨きしてもらうんだって、いいねー」とやったら、わたしがいくらほめても効果がなかったのに、この小さな見物たちに言われたことで、すっかり得意になって、積極的に歯磨きに協力し始めたのだ。
もっと嫌な「鼻吸い」でさえ、この手を使ったらみずから仰向けになった。その得意げな様子はホント、笑いをこらえるのが必死なくらいおかしかった。
それ以来、Kはこの人形たちをわたしのところに持ってきてはぜひとも人形劇をやってくれとせがむ。
この小さな見物人たちの視線を必要としているようだった。

話は飛ぶが、よく公園に動物なんかの形をした、こどもが乗るとバネでぴょんぴょん動く乗り物がある。一才をすぎた頃、Kが初めてこれに乗ったときのこと。最初、馬かなんかの形のに乗っていると、すぐに隣にある虫の形の方に乗りたがった。「あっち、あっち」というので、馬からおろして虫に乗せるとまたすぐに馬をさして「あっち、あっち」と言う。でまた馬に乗るとすぐに虫をさして「あっち、あっち」というのだ。それ以来、この手の乗り物ではいまだにこれを繰り返している。

Kは、はじめ視覚的に馬に興味を持って乗りたがったのだが、実際自分が乗ってしまうと馬は見えなくなってしまい、今度は全体が見える隣の虫の方に乗りたがったのだが、虫に乗ると今度は虫が見えなくなって、全体が見える馬にまた乗りたがり、これの繰り返しになってしまうということだ。
Kは馬に乗っている自分も馬も見えないので、自分が乗りたかった馬に乗っているという実感が得られなかったのだろう。
しかしたとえばこの時、あの小さな見物人たちがやってきて、「わあーすごいねー、Kがおうまさんにのってるよー、いいなー」なんてやったらどうだろうか。もしかしたらまた得意げな顔で馬を操作し始めるかもしれない。

この見物人たちは、Kにとって、自分のおかれている状況を客観的に見る装置としての役割を果たしている。
その装置によって、主観的には嫌な状況だと思っていたら、まわりの他者から客観的に見ると実はいい状況だったらしい、とか、大人っぽくふるまうことで賞賛されたいとか、客観的に自分を認識しなおして行動を変えるという作業を行っている。
これは大人でもよくあることだが、演劇的にはこれは「異化」と言われるものにあたる。
あたりまえにこうだと思っていたものが、ちょっとしたきっかけで違って見えてくることをさす。

人は、自分という存在やまわりの状況がわからない時、他者の視線を通して自分を客観的に見ることによって、自分のおかれている状況や自分という存在を認識する。
そしてそれは言語化するという行為なのだろうかと思ったが、そうでもない。たとえば自分を見る他者に笑顔が見られればそれでことは足りる話だ。

Kにこんなそぶりが見られたのは、もっと赤ちゃんの頃からだった。それは人形ではなかったが、「たかいたかい」をしてもらう時、たいていの場合、ちかくにいるわたしや他の大人の顔を見ていた。
見られていることを通して、「たかいたかいしてもらっている」自分の存在を確認していたのかもしれない。

話が前後していることに気づいた。
Kは赤ちゃんの時、たかいたかいをしてもらっている自分を見られることで、自分の存在やおかれた状況を確認し、喜んでいた。
一才半を過ぎて言葉の理解が進み、世界の認識が進み、自分が少しではじめてくると、見られることで、自分の存在やおかれた状況を客観的に認識しなおし、さらに自ら行動を変えるということをするようになってきた、ということだ。

「見られる」だけでなく、「見る」ことでもこどもは行動を変える。
よくこども番組で、実際のこどもが歯磨きをしたり、おトイレで用を足したり、ご飯を食べたり、服をきたり、靴下や靴を履いたりする短い映像が流れているが、あれは、そういう生活の基本的な習慣を嫌がる多くのこどもが、おともだちがやっているのを見て、だったら自分もやってもいいという気持ちになるのをねらうものだ。実際Kもあれを見て、歯磨きの第一関門を突破できた。もちろん映像より、生のおともだちの方がよくて、一時保育に通ううちに、年上のこどもたちの様子を見ながら、ずいぶんいろんなことができるようになっていった。
自分は嫌だと思っている歯磨きをおともだちは嫌がらずにやっていて、そして大人がその様子を賞賛している、となればなおさら、自分だってやってやるーという気持ちになるらしい。もし大人がその様子を賞賛していなかったとしても、まんざら嫌なものでもないのかもしれない、と嫌がるのをやめるのかもしれない。
こどもは自分と同じくらいの年齢のこどものすることにとても興味を持つ。そして対抗心をもったりするらしい。だから歯磨きの時、いくらわたしがほめても効果がなかったのに、小さな見物人=「おともだち」にほめられたことで、Kは行動を自らただしたのだろう。

こうして「見る/見られる」を通してこどもは成長していくのだ。

そしてそのような原理を根本に持つ演劇も、人を成長させることは間違いない。




育児の方法/北九州

じんましんがでたり、軽い喘息の発作が時々でたりはするものの、ここのところあんまり病気しないな、と思っていたら、Kの中耳炎をきっかけにわたしも熱をだし、ここ一週間なかなか回復しない。

ゆうべは太田省吾作「砂の駅」の初日を見に行くはずだったのに、夕方になっても熱が下がらず、長く起きていることもできず、とうとうキャンセルしてしまった。今朝は昨日よりは少しいいみたいだけど、やっぱりまだ長く起きていられず、動こうとするとめまいがしてくる。公演は日曜までだから、回復すればなんとか見に行きたいところだけど。

だいたい病気は決まってKの病気から始まる。Kの病気は保育園でもらってくることが多い。
多いのは風邪だ。鼻水がみえたと思ったら即中耳炎になり、中耳炎になると夜中に何度も泣くからこっちも寝不足になる。ご飯とか固形物を食べなくなったり、小児科でもらう抗生剤の影響もあったりして下痢をする。一日にたくさん水みたいなうんちをする。皮膚が弱いので、すぐとりかえないとお尻がかぶれて真っ赤になるのに、痛がってよけいにオムツ替えを嫌がり、嘘をついたり逃げ回ったり、力づくで抵抗するのをこっちも負けずに力をだして足をおさえてなんとかオムツ替えをする。お尻かぶれに薬を塗る。一日4回、嫌がる薬を飲ませる。牛乳や野菜ジュースしか飲みたがらないKになんとか固形物を食べさせる。その間にも後から後から出続ける鼻水を吸う、もちろんこれも泣き叫んで抵抗するので力づくになる。これだけの重労働に、睡眠不足が重なって、そもそも基礎体力が落ちてるから、すぐこっちも病気になる。病気になって眠ったり休んだりしたくてもKがそれをさせてくれない。横になって半部うとうとすると、寝せるまいと泣きながらわたしの頭を持ち上げようとする。
こうしてがんばって対応しているので、まだ切開にはいたらずに済んでいるが、中耳炎とはとても恐ろしい病気なのだ。
しかしこどもによっては、どんなに鼻水をたらしていても全く中耳炎にならない子もいるので、親はこんな苦労はしなくて済むのだが。

そんな状況の中、今月下旬にせまった北九州での「育児出産を表現に結びつける勉強会」の準備でまた出産育児について考えている。まとまらないまま思うことを少しずつ書いてみる。

近頃、Kより少し上、3歳のこどもを持つ旧友Mちゃんと産後初めて会って話をした。
お互いこどもをつれているとほとんど話ができないので、こどもはあずけて会った。Mちゃんとわたしは同世代なので悩むところは本当に一緒だった。わたしより一年半はやく「母」になったMちゃんには、これまでも携帯でなんどもやりとりし、いろんな助言をもらって助かっていた。実は結婚もそうで、わたしが結婚できたのもMちゃんの助言によるところが大きい。
Mちゃんの夫はイギリス人なので、こどもはハーフになるのだが、わたしの知り合いにはなぜかハーフの子が多い。ハーフのこどもたちはみんな決まってパワフルで、その子たちにくらべるとKなどぜんぜん手がかからないほうじゃないか?とさえ思えてくる。親たちはよくやっている。

Mちゃんは、とても考え方のしっかりした女性だ。やっぱりママ友のグループ作りには参加していない。Mちゃんは育児についても少しは学校で教えるべきだ、と言っていた。たしかに、わからないことが多すぎるのだ。
わたしより10年以上はやくこどもを産んだKさんは、わたしが「育児がこんなにたいへんだとは知らなかった!」と言うと、「みんながそれを先に知ってたらこどもを産む人がいなくなっちゃうじゃない」と言っていて、それも一理あるかとも思った。
学校で教えないかわりに、自治体が妊婦向けに開く「ママ教室」があったり、産後の母子対象イベントがあったりするのだろうが。そこで習うことは、自分たちの親世代の子育て観とまっこうから対立し、イコール母vs祖母という対立を生む。わたしもそれが原因で母親や母親世代の女性たちと育児の方法について何度対立したかわからないし、まわりでもそういう声を多く聞く。
昔はわからずに当たり前にされていたことが、科学的に実証されて今は禁止されていたりするのだが、実績があるからと昔の方法にこだわって今のやり方を受け入れない母親世代と、今の方法を固守しようとする娘世代の対立だ。
たとえば、今は口移しと砂糖の多い食べ物を与えることを3歳くらいまで禁止すれば、ほぼ一生虫歯にならない強い歯が作れるということが科学的にわかり、歯科衛生士が徹底して指導し、親たちががんばるので、昔にくらべて虫歯のある子が少なくなっているというが、そんな話はテレビでもやってないし、聞いたことがない母親世代は、そう説明しても信じようとしない。
大きな病院の薬剤師の女性も知らないと言い、薬をアイスクリームにまぜて食べさせるのは常識、と言い切る。
それから母乳と粉ミルク。母親世代は粉ミルクがいいという考え方がアメリカから入ってきたことによって、母乳ではなく粉ミルクで育てたという女性も多い。ところが今は、母乳の方が、いろいろなリスクから赤ん坊を守れるということが科学的に実証されたので、母乳育児が推奨されている。
ちなみに産院の母乳教室では、できれば母乳は2年以上あげられると、母体にもいい影響があり、その後カルシウムリバウンドがおこって、カルシウムの吸収率があがることが科学的にわかっている、と聞いた。わたしもなんとか2年、と思ったが、あまりのきつさに1年半で断念した。
母は母乳の出がよかったため、母乳で苦労したことはないと言っていたが、わたし自身は最初のうち母乳の出が悪かった。母は孫のかわいさに粉ミルクを自分で与えたがったが、粉ミルクばかり飲ませていると、母乳の出はさらに悪くなるという話を産院で聞き、母にミルクばかりあげるのはやめてほしいと頼んだが、産後の対立で感情的になっていた母は、「母乳なんかやめればいい」と返してきた。
産後しばらくはホルモンの関係でこっちも感情的でナーバスになっているので、ひと月の里帰りは毎日が「帰る」「出ていけ」の大喧嘩だった。
ひと月の里帰りが終わってしばらく距離ができて時間がたつと双方反省して、また歩み寄りはあったものの、産後の一番体のきつい時にこの大喧嘩は、本当にこたえた。
それから母乳またはミルクをあげる間隔、紙オムツと布オムツ、白湯と果汁、離乳食、対立の要素は他にもまだまだある。

物理的な世話の他、しつけなど精神的な面での育児もある。
泣き続けるこどもをどうしたらいいのか、しつけはいつから始めればいいのか、嫌がる生活の基礎的な習慣をどうつけさせたらいいのか、本当にわからないことだらけなのだ。
わたしより少しはやく育児を始めた友人Yも、「育児書を何冊読んだかわからない」と言っていた。そしてその後「結局どの本を読んでも答えは出なかったから読むのをやめた」と続けた。
わたしもずいぶん育児書はかじり読みした。よく育児中に本なんか読めるねと言われたけど、救われたい一心で、まだこどもが今よりは昼寝してくれた頃に、ちょこちょこと必死で救いの一文を求めて拾い読みしていた。しかしその大半は、Yのいうように同じようにあたりさわりのないことしか書いていない、結局のところ救いのない、一冊あればいいような本ばかりだった。

しかしその中にも出会えて救われた珠玉の数冊がある。

■親だからできる赤ちゃんからのシュタイナー教育 こどもの魂の、夢みるような深みから
ラヒマ・ボールドウィン著
「赤ちゃんは愛です。赤ちゃんは親を愛しています。親が赤ちゃんを愛するよりもたくさん愛しているのです。子どもは、自分を虐待する親でさえ愛するのです。でも親の方は、忙しい日常の中に、二十四時間注意を必要とする別の存在を割り込ませるという結びつきを作っていかなければならないのです。子どもは、愛と信頼をたっぷり持ってこの世に入ってきます。かれらはまだ善と悪を見分けることができず、全てを自分にとって良いもの、吸収し無意識のうちに模倣するのにふさわしいものとして受け取るのです。」
初めて出会った救いの言葉。赤ちゃんが愛おしい存在であることを思い出させてくれた。
「赤ちゃんと一緒に生きるということは、たくさんの繰り返しをすることでもあります。おむつ替え、授乳、洗濯などなど。こういったものは創造的な発展のない、維持するだけの仕事のように見えます。ですから夫が仕事から帰ってきて、「今日はどんなことをしたの?」と聞いたりすると、あなたはわっと泣き出すのです。私は最初の二ヶ月で、赤ちゃんの世話以外のことは、もし幸運に恵まれれば一日に一つだけ達成できる、ということがわかりました、行動的で社会的だった人間にとっては、これは本当にショッキングなことです。」
やっぱりそうだったのか、はやく言って〜!と思った。

■子どもはあなたに大切なことを伝えるために生まれてきた 「胎内記憶」からの88のメッセージ
池川明著
こどもの胎内記憶のリサーチをしてきた産科医の本。とても興味深い胎内記憶のデータから、池川氏が読みとくメッセージは不思議な説得力に満ちていて、育児に苦労する多くの親が読んだらどれだけ救われるだろうと思う。妊娠中に出会いたかった。88のメッセージはどこから読んでもいいので、短いこまぎれの時間でちょこちょこ読めるのも助かる。

■手のかかる子の育て方
山田真著
ご自身も障害を持つ子を育てられたベテラン小児科医の本。親を悩ませる、病気もふくめたこどもの問題のデータと対処法がわかりやすく書かれていて助かったけど、それよりこの著者の親としてのたおやかな強さ、優しさ、潔さ、行動力に脱帽。つまるところ育児に正解はない、とおしえられた本。こどもの問題を通した社会批評を書いたあとがきがすごくいい。以前、「4.48サイコシス」という作品を作ったときに取材した「べてるの家」を思い出した。
しかし育児に正解はなく自由にしていい、と言われたとき、今の親たちはむしろそちらに困難さを感じるのではないだろうか。しかし自分の親世代の育児の仕方を見ていると、「こうしたい!」というのがはっきり見えて、それはわたしたちには考えられないようなユニークな方法で、だから自分のような人間が育ったのか、、と半ば納得させられるのがなんとも言いようのない気持ちだけど、やっぱり団塊の世代は個性的でパワフルでユニークだな、と思う。

それから今年「くれよんハウス」で出会った本たちがまたよくて、それはまた次回。





結婚とか育児とか仕事とか人生とか

アメリカに住む友人と4年ぶりに再会した。
旦那が週一回のノー残業デイだったので、こどもをあずけてひさしぶりに夜外に出た。
こんな日が時々でもあると本当にリフレッシュできる。

アメリカに住む彼女は日本人だけど、アメリカの大学で演劇の先生をしていて、自分で作品も作るパフォーマーでもあり演出家でもある。もう長いことそんなふうに異国の地で暮らしている。時々話を聞くと、彼女が住むのは、とても強い自己主張を求められる競争の激しい世界で、人を簡単に信用してはならず、常に警戒心を持って生きることを要求するような場所だった。そんなふうに生きてたら時々精神がおかしくなるんじゃないか?とか、とてもわたしはそんなところで生きてはいけないと思った。それでもそんな過酷な世界でがんばっている彼女を見てすごいなあと常々思ってきたのだけれど、やっぱり聞けばそれなりにいろんなことがあって、でも肩肘はって生きてきた彼女は、4年ぶりに再会してみるとよけいな力が抜けてどこかやわらかな雰囲気を漂わせていた。これまで受け入れてこなかったたくさんのことを受け入れて、自分との間に折り合いをつけつつあるんだなと思い、そんな彼女の変化がとても喜ばしいものに思えた。
お互いの近況を話すうちに、わたしも今自分の中にある複雑な思いや葛藤に肯定的に向き合うことができた。

彼女と会わなかった4年の間に、わたしは結婚してこどもを産んだ。
わたしが結婚したことにたくさんの知人友人が驚いて、こどもを産んだことにはもっと驚いたという人が多かったけど、こどもに関してはわたし自身も驚きだったからまわりが驚くのも当然だ。
一度仕事でご一緒した美術の学芸の女性Oさんは、結婚という制度にとらわれたくないということで、彼はいるけど結婚はしないと言っていた。でも話を聞くとその彼との半同棲の生活はとても幸せそうで、プライベートでも自分のポリシーをつらぬき通す彼女の強さをとてもすてきだなと思った。
たしかに結婚は制度である。結婚はしたってしなくたって問題は中身だからパッケージにこだわる必要はない、と確かに思う。でもわたしは結婚した。理由はすごく簡単で、「みんなずっとそうしてきたから」。演劇と一緒で、長く続く慣習には人類の知恵がつまっていて、それなりの効果をあげてきたから、その制度をなくそうよという話にならないんだろうと思う。しかもわたしはお見合い結婚をしているのだが、一度しかしなかった「お見合い」もなかなかいいものだと思ったし、「結婚」もなかなかいいものだと思っている。それらの慣習制度につまった人類の知恵には、なるほどと感心させられることも多い。

結婚したいと思ったのは、まずは「生活者」であることを大切にしたかったからである。
家族を作ることで生きのびてきた人類の営みの列に自分も並びたかったし、その営みはとても愛おしいものに思えてならなかった。
独身時代はほんとうに仕事一筋で、持てる時間とエネルギーのほぼすべてを仕事に向けてきたけど、「生活」をなくしてしまうことはいつも恐れていたので、できるだけ家事もしたし植物を育てたりもした。
ものを作るときにも、「生活者」としての視点をなくしてはならないとずっと思ってきた。
これはもしかしたら師、太田省吾ゆずりなのかもしれないとふと思う。

すぐにこどもを産んだのは実は想定外で、かなり焦った。
そういう人類の営みに参加したいと思っていたので、結婚したらこどもを持つこともぼんやりとは考えたけど、リアリティは全くなかったし、なにしろ仕事で多忙をきわめていたので、そのうち考えましょう、とのんきにかまえていたのだが、ぜひともうちに来たかったこども、Kは待ちきれなかったようで、それじゃ遅いようー、となにもこんなタイミングでこなくても、、というタイミングでやってきた。Kは生まれた時からせっかちなタイプだから、おおかたそんなところだろう。
想定外妊娠で、仕事上の多くの関係者に迷惑をかけてしまうことになった。自分も苦しかったし、Kもおなかの中でずいぶん苦しい思いをしたと思う。あんまり幸せな妊娠期間じゃなかった。そんな状況もすでにKのからだのどこかに刻印されているのだろうかと思うとちょっと不憫に思え、人生の始まりの不可思議さを感じずにはいられない。
でもKはたぶんわたしの助けになりたくて、わたしのところへやってきたに違いなく、根拠もないのになぜかわたしはそう感じている。まだやっと一才半だけど、頼めばよくお手伝いをしてくれるし、わたしが喜んだりありがとうというと本当にうれしそうにするからやっぱりたぶんそうなんだろう。
きっとわたしがいなくなった後も、彼はわたしの代わりに、世界になにか働きかけていくだろう。
だから今は一生懸命彼に愛情をそそがなくてはと思う。そうすれば、きっと人を愛することができる人間になるだろう。日々のばたばたの中ではこれは本当にたいへんなことなんだけど。

アメリカの友人との間で、「資本主義のすりこみ」の話がでた。
主婦という人生には価値がない、社会的に認められることもなく、台所で包丁を持って、なんで「こんなこと」してなくちゃならないの?と思ってしまう、こういうのってそもそも資本主義のすりこみだよねと。

わたしは台所で包丁を持つととても幸せな気持ちになるので、「こんなこと」とは思わないが、育児で家にこもらなければならず、社会的な活動ができないことにはものすごいストレスを感じる。
出産前に「こどもができたら満たされちゃって作品を作りたいなんて思わなくなるんじゃないのか?」と言われたことがあり、まさかそんなことあるわけない、と思ったが、そういう女性も多いと聞いて、そんなものだろうかとも思ったけど、やっぱりそんなことはなかった。
こどもの頃からおさえつけられればられるほど、自由になりたい気持ちが強くなるたちで、こうして家にしばりつけられていると本当にやりたいことをやりたいという思いは強くなっていく。
今はそういう思いをためこんでいこうと思う。

しかし、実際自分が「主婦」を経験する前までは、専業主婦なんて楽なもんだなーと想像していたけど、そんなことは全くない。こどものいない主婦はいざしらず、こどもがいたら本当にたいへんだ。
わたしは仕事をそんなに楽にやってきたつもりは全くないけど、それにしても仕事してた方がどんなに楽かわからないくらい育児はたいへんだ。
「生きる」という行為や本能がむきだしのままだ。息つく暇なく、こどもは日々体当たりしてくる。
子育てに「傍観」という態度はありえない。こどもがそれを許さない。
こどもは大人を世界の当事者に引きずりおろす。感情むきだし。
自分でも感情で生きてると思う。よく笑うしよく泣くようになった。
こどもは大人にかっこつけさせてくれない。
素直になったかもしれない。
もっと素直でもいいのにな、と前々から自分のことをそう思っていたが、こどもがそうさせてくれてるのかもしれない。

育児で半休業中のこんな時間を、肯定的に積極的に見ようとするようになってきたのは、まだつい最近のことだ。
男の演出家は(演出家に限らないけど)、こどもを持っても仕事のキャリアを中断することなく日々積み重ねていくのに、なぜ女のわたしはキャリアを中断し、ブランクをつくらなければならないのか、本当に世の中は不公平にできている、と去年は一年嘆き続けていた。
稼いでもらわなければ困るというのに、夫が当たり前の顔で毎日仕事に出かけていくことすら疎ましく思えた。
でもどこか意識の奥の方で、なぜかこの世の不公平を肯定する気持ちもあった。
こどもが生まれたら女が家にこもりがちなのは、生物学上の理由で、男には授乳ができないからだろう。もちろんミルクで育てることもできるし、そうする家庭もあるけど、今では、免疫なんかの関係でミルクよりは母乳の方がいいのは明らかになっている。だからわたしもできるだけ母乳で育ててあげたいと思ったし、そのためには一日中こどもの側にいなければならないから仕事は当然できなくなる。
自然がそういうふうにできている、ということにはけっこう素直に従いたくなるので、悪かった母乳の出を一生懸命よくしようとがんばりもした。
その一方でなんでわたしだけこんなふうに家にこもりきりで育児しなきゃいけないのー、わたしにも仕事させてーとよく泣きわめいていた。
とても理不尽なことを言っていると自分でわかっているけど、どっちも本当の気持ちだから、折り合いがつけられず、この矛盾を抱えたまま、時々愚痴愚痴文句を言ったりして今も日々過ごしている。

そして「生活者」であることを大事としながら、生活者としては「新米ママ」ということになった自分がどうふるまってよいやら見当もつかず、自治体が主催するママと赤ちゃんのイベントなんかに行ってみると、新米ママたちががっちりグループを組んでママ友作りにはげんでいて、その姿は「KY」や「キャラ分け」に苦しみつつもはげんでしまう高校生たちと重なった。妊娠中のママ教室で一緒だった知人はわたしを見つけると笑顔で近寄ってきたが、遠くに「ママ友」の姿を見つけると、「わたしいつもあの人と一緒にいるからごめんね!」と去っていった。すごく孤独だったけど、それでもわたしはここにはいられない、と心から思った。たった一度行ったきり、それ以来その手のイベントには行っていない。

最近知り合ったマンションの上の階に住む台湾人のママPさんも、同じことを言っていた。
日本人のつきあいは難しい。。。
北九州の「出産育児を表現にいかす勉強会」と来年の「子育てワークショップ」の用意も始めなければ。
















子育て


その後もあいかわらず病気ばかりでしんどい日々を過ごしている。

でもこの病気の体験はしんどいけれど、いろんなことを学ばせてくれている。
どっぷりと子育てと格闘しながら、今まで読むことのなかった本を読み、行ったことのなかった場所に行き、違う速度の中にぎくしゃくと身をおき、ずっと治療できなかったところを治療し、話したことのなかった人と話し、話すことのなかった話題を話し、立ち止って今までのやり方を見直し、違った角度から物事をみて、本来考えたかったことを考えている、ということを考えると、感謝すべきことだと思う。

だいたいいつも、痛い目にあわないと根本的になにかを改善しようとか痛切に感じなかったり、忙しさにかまけて先送りにしてしまうので、痛い目に遭うと、これは何かを学ぶべき時がきて、今までと違ったやり方や考え方や振る舞いを身につけなければばらないんだなと思う。

今は日本という国にもそんな時が訪れているけれど、そのことについて今は触れられない。
今はできることをしながら、無我夢中で「子育て」をしている。そうするしかない。

このところ、病気ばかりで本当に体はきついけど、嬉しい再会がいくつかあった。
それはこどもを産んで子育てしていなかったらなかったかもしれない再会だった。

産後はずっとずっと本当に孤独な生活だった。もちろんこどもはいつもいるけれど、話はできないし、外にでることもままならない、パソコンを開くことも、メールを書くことも、人と会うことも、電話で話すことも難しい。
今まで一つの場所にじっとしていることのない生活を送ってきたので、これは本当に苦痛だった。
いつもいろんな場所に行き、いろんな人と話した。やりたいことがいつもたくさんあった。
これがほぼすべて不可能になった。
赤ちゃんは眠らずに一日中泣き続けるし、近くには知り合いもいない、遠居の親もあてにならない、夫も忙しく帰りは遅いし土日も振替休日なしに出勤がつづく。
夫ともほとんど話ができないばかりか、夫以外の大人とまともに会ったり話したりもできなかった。
子育て中の母親はこんなにも孤独なんだと初めて知った。
もちろん親や友だちが近くにいたり、近所付合いがさかんなところはそんなこともないんだろうけど。
退職後のサラリーマンの生活ってこんななのかなとも思った。
ともだちはわたしの場合いつも仕事上の仲間だったけど、仕事がなくなってしまえば音信はとだえ、わたしはもう用なしの存在なんだな、とさえ思えた。
NHKのニュースでいつか「ミドルエイジクライシス」という特集があって、わたしと同じような体験や悩みを持つ女性たちが紹介されていたけど、彼女たちの思いは本当に共有できるものだった。
こどもはかわいいでしょうと言われるけど、正直、一才を過ぎるまでそんなふうには思えなかった。

そんな折、高校の時の同窓会があって、本当にひさしぶりに人の集まるところにでかけていった。
まだまだ授乳中だし、こどもはミルクを飲んでくれなかったから、だんなにあずけて出かけることも難しかった。出かけて遅く帰って、それから搾乳しなければならないのも面倒だった。
そこで20年ぶりくらいに当時の友人たちと会ってみると、多くの友人は結婚してこどももいて、子育ての悩みや苦しみに共感をしめしてくれた。
そこで再会した友人も「一才すぎるまでかわいいなんて思えなかったよ」と言ったけど、その言葉はどんなに安心させてくれたことか。
「昔のともだちって前置きなしに、直接話したいことを話せるからすごいよね」と言う友人もいたけど、ほんとにそう思う。
社会に出てからはそういう「ともだち」を作ることはとても難しい。
でもそれは悲観すべきことばかりでもないとは思うけど。

それから、去年の苦しい一年の間に、わたしに仕事をさせてくれた(この仕事にどんなに救われたか)、足立区の公共ホールが主催し、芸大の熊倉すみこさんのプロジェクトでもあった「SPC(スチューデント プロデュース コンサート)」のメンバーで、北九州芸術劇場に学芸員として就職したMさんが、北九州で「子育て」を表現にどう結びつけるかをテーマに勉強会と小学校でのワークショップを企画してくれた。
この夏、こどもをおいて初めて一人で北九州に行った。ひさしぶりの北九州でとても嬉しかった。
わたしは以前から小倉の街が好きで、山口YCAMに行くついでによく小倉にも遊びに寄っていた。
小倉の街の人々も元気で、地元の人は「荒い」というけど、その飾らなさはとてもつきあいやすかった。
北九州では、この企画をMさんとともに担当してくださっているNさんとも再会した。
3人のお子さんを育てたNさんはわたしにとっては先輩ママで、いろいろ教えてもらうことも多かった。
先日、Nさんに紹介された東京青山の「クレヨンハウス」に行ってみたけど、ここは子育て世帯の楽園のような場所だった。地下が自然食レストランとオーガニック野菜のお店、一階は絵本の本屋さん、二階は自然素材でできた世界から集められたおもちゃを扱うおもちゃ売り場、三階は女性のための本屋さんで、夏休みのせいもあって、上から下まで足の踏み場もないほど大盛況で、ほんと、こんな場所が近くにあったら通っちゃうだろうなーと思った。
また夏休みが終わった頃に訪ねてみたいと思う。

病気がピークにしんどかった日には、都内の劇場の学芸のEさんとKさんが訪ねてくれた。
Eさんの「仕事はいつでもできるけど、出産や子育ては時期限定だし、いつでも誰でもできるわけじゃない」という言葉にも、本当に救われた。
誰もそんなふうに言ってくれた人はいなかったからだ。
演劇の世界では、女性の演出家はもともと少ないけど、こどもを持つ人はほとんどいない。
知っているのは故如月小春さんくらいだ。
女性がこどもを持てば仕事のキャリアの中断や断念につながりやすい。
俳優でもこどもを産んで、いい形で復帰したり仕事を続けたりしている女性の俳優は少ないのではないかと思う。
わたしもそこには不安があったし、実際、仕事の世界からはすっかり忘れられたように音沙汰がなくなっていて、しょせんそんなものかと現実を思い知らされたように感じていたから、よけいにEさんのその言葉はありがたかった。
EさんとKさんは、わたしの近況の話を3時間も聞いてくれた。
打ち合わせなのに、こんな話をいつまでもいいの?と聞くと、それが聞きたかった、聞いたことをもとにどんな仕事をお願いするかまた考える、という答えで、これもまた本当に嬉しく、ありがたかった。

今、Eさんたちとはやはり「子育て」をテーマにしたワークショップの企画が進んでいる。
これには、子育て中の親子のみならず、こどもを持つ人持たない人、どんな人でも「子育て」に関心のある人に参加してもらいたいと思っている。

よく自治体が主催する児童ホームなんかの母子対象のイベントがあるけど、これではだめだとわたしは思うのだ。一度参加して以来行っていない。
もっといろんな年齢や立場の人と「子育て」を共有していけるような仕組みが必要だと、痛切に感じている。
その第一歩として、そんな時間と場所を作れたらうれしいと思う。

そして実際の出産育児体験や、北九州やEさんたちの劇場からのお誘いで気づいたのは、演劇というジャンルは、出産や育児のテーマをほぼ切り捨ててきたということだった。
人生や社会にとって必要不可欠でとっても大切なテーマで、多くの人がこの体験でいろんな思いをかかえているにもかかわらず、その声は演劇の世界ではほとんど表現されてこなかったし、自分にとっても盲点だったと思う。
そこにいつか形を与えていける日を待ちたい。

健人の足



































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