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<title>阿部初美のブログ</title>
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<description>演劇の演出家です。
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<title>「子育てを考える」 vol.2／世田谷</title>
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<description>19日土曜日に世田谷パブリックシアター主催「子育てを考える」ワークショップの第２回目があった。この回はうちも旦那が休みなので、こどもも連れて３人で出かける。こうして家族に自分の仕事の現場に参加してもらえるのは幸せだなあと思う。この日は、学校や保育園・幼稚園...</description>
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<dc:date>2012-05-21T14:46:44+09:00</dc:date>
<dc:subject>演劇ワークショップ</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[19日土曜日に世田谷パブリックシアター主催「子育てを考える」ワークショップの第２回目があった。<br />この回はうちも旦那が休みなので、こどもも連れて３人で出かける。こうして家族に自分の仕事の現場に参加してもらえるのは幸せだなあと思う。<br /><br />この日は、学校や保育園・幼稚園がお休みなので、うちの子だけじゃなく、参加メンバーのこどもたちもたくさん遊びに来てくれた。ワークショップルームの一角に作られたキッズスペースあたりでこどもたちがそれぞれ遊び始める中、ゆるゆるワークショップを始めた。<br /><br />こどもたちの他、多かったのが20代である。円の研究生女子たちがこの回のみ参加だったり、唯一の20代男性参加者Tくんもこの日参加の予定だったので、この日は「こども＆20代スペシャル」にした。<br /><br />１、今の若い世代が家庭を持つ、こどもを持つことの経済的な困難<br /><br />ところが問題提議した当のTくんがお休み。Tくん抜きの20代女子3人と世田谷関係者のWSファシリテーターOくん、某県の公共劇場学芸のMさんの５人で、「今の若い世代が家庭を持つ、こどもを持つことの経済的な困難」をテーマにディスカッションしてもらうことになった。<br />でてきたのは「自己実現の方が先で、こどものことは漠然としか考えられない」とか、「経済的なことはなんとかなる」「いやそんなに甘くない！」とか「地域にはなかなか入れない」「親があてにできるならした方がいい」「親も孫が生き甲斐になるのでは」という意見だった。<br /><br />次は上の世代、だいたい40代の５人に、同じテーマについてディスカッションしてもらう。<br />今度はどちらかというと彼らの親世代に近い世代で、20代が親をあてにしようとしているのを知ってでたのがまず「子育てが終わって、やっとこれから自分の時間ができると思っていたのに、今度は孫の世話であてにされるなんて〜！」という意見。たしかに今現役で孫の世話をしている世代とくらべると、これから祖父母になっていく世代は、すでに女性も仕事でばりばり働いたり、独身時代に自分のプライベートな時間を充実できた世代だから、子育てが終わったらまた自分の時間を楽しみたいと思う人は多いかもしれない。<br />結果的には「地域を頼れ、声をあげろ」という、若者へのアドバイスでまとまった。<br />この回ここにすわった人たちはどこでも生きていけそうなタイプの人々だった。<br /><br />確かに声をあげなきゃ仕方ないんだけど、みんながみんなそうできて、まわりもちゃんとその声を受けとめられてたらなんにも問題はない。双方それができないから今たくさんの問題や事件が起こっている。今度はちょっとテーマのハードルをあげて「今のこの難しい状況をどうしたらいいか」について、人形を使ってディスカッションしてもらう。メンバーの世代は今度はバラバラ。<br />「こどもの遊び場がないから地域の交流が生まれない。公園をもっと作る。マンション作る時とかもみんなで集まる広場を作るとか、設計から始める」「お金で解決もできない、親も頼れない、という状況だったらどうしたらいい？」「地域には生活レベルが同じじゃない人が集まった方がいい」<br />などなどの話がでた。<br /><br />このへんで新しい環境で集中して遊んでいたこどもたちが飽き始めたのか、泣き声や騒ぎ声が聞こえ始める。残り時間も少なくなってきたので、このテーマはここまでにしてTくんがいる時にまたやってみることにして、次の「こども」スペシャルに入る。<br /><br /><br />２、こどもを感じてみる<br /><br />「自分らしい子育てとはなにかを考えたい」と言っていた参加者のAさんから「今の親はあたまでっかち、頭で考えすぎてしまうので、まずこどもを感じることが大切」という話が前回でていた。<br />なので今日は、こどもをよく観察し、マネてみることによって、「こどもを感じてみる」体験をする。<br />まずよく観察することで気づいたことをひとりひとり言ってもらい、それをふまえてさらに観察する。<br />そして次はいよいよマネになるが、これはとても難しい。この課題をやるにあたって、自分でもうちでこどものマネをやってみようとしたが、大人のマネの比じゃないくらい難しい。<br />なので、まずは「体の動き」をやってみる。こどもの体がじっとしているということはほとんどない。いつもたえず動いている。じっとしているようにみえる時だって、いつもどこかが動いている。<br />こどもたちの中でも、発達障害があるかもしれないと言われたという2歳のSちゃんをモデルにしぼり、全員で動きをマネしてみる。また気づいたことを全員で話す。次に表情もマネしてみる。たくさんの大人たちがみんなで自分をみてマネしてるとわかったSちゃんは大喜び。ほんとうに嬉しそうに体を動かしはしゃいでいる。<br /><br />ここでマネしてみてわかったこと、気づいたことには、こどものようになれない自分、大人とこどもとの違いがあった。<br />すぐに変化する意識の在りよう、多幸感、きりのなさ、気持ちと体・表情の直結、母のもとでの安心感。<br />「こどもに向き合って同じことしようとしてる時が一番こどもの感覚に近いかなと感じる」という意見もあった。たしかに、わたしもこどもと一緒に撮った写真にうつった自分の表情にびっくりしたことがあった。こどもと一緒になんのくったくもなく笑っている写真だったが、自分でも自分のそんな表情の写真は見たことがなかった。こどもと笑う時の自分にこんなに手放しになれるんだなと驚いたりはしてたけど、それが本当に写真にもうつっていたのでやっぱりそうなんだと思った。<br />そして、こどもの表情をマネた時に一瞬感じたのはやっぱりものすごい幸福感だった。Kはうちに来て、本当に、こんなに幸せなんだ、と初めて気づき、涙がでそうになった。<br /><br />こどものワークショップをするようになって、こどもと接した時、こどもと俳優の共通点を直感したことがある。俳優はこどもと相性がよく、こどもの心をつかむのがうまいとよく感じるし、子育てを楽しむタイプが多いと思う。<br />共通点はなにかと言えば、時間の感覚である。だいたい小学5、6年生くらいまでのこどもは「今」をすべてとする時間の感覚の中に生きていて、「過去」や「未来」の概念が薄い。で、俳優は大人だけど、舞台の上で、やはり「今」をすべてとして生きる時間を職業的に持っているからだ。こういう時間を持てる大人は俳優以外にそうはいないんじゃないかと思う。<br /><br />今回みんなのモデルになってくれたSちゃんは「発達障害かもしれない」と言われたらしい。<br />こどもがそうかもしれないと言われた親はみんな心配になるだろうし、大人たちもいろんなことを言うかもしれない。でも今日のSちゃんは多くの幸せな気持ちを大人に与えてくれた。当事者のSちゃん抜きにこういう問題を語るのは危険だし難しい。<br /><br />次回vol.3は来週29日（火）である。火曜日の方が来られる人が多いみたいで、次はけっこう参加者が多い回になる。さて来週はなにをしようかな？明日もまた考えてみようと思う。<br /><br /><br /><br /><br /><br /><br />
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<title>「子育てを考える」ワークショップ始まりました/世田谷</title>
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<description>今週火曜から世田谷パブリック・シアターでの「子育てを考える」ワークショップが始まり、木曜は円の研究所の実習があり、また土曜は世田谷子育ての２回目があり、今週はとても忙しく、緊張感も続くがとても楽しい。「子育てを考える」ワークショップ、第１回目は、参加者の...</description>
<dc:creator>drecom_abehatsumi</dc:creator>
<dc:date>2012-05-18T14:06:00+09:00</dc:date>
<dc:subject>演劇ワークショップ</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[今週火曜から世田谷パブリック・シアターでの「子育てを考える」ワークショップが始まり、木曜は円の研究所の実習があり、また土曜は世田谷子育ての２回目があり、今週はとても忙しく、緊張感も続くがとても楽しい。<br /><br />「子育てを考える」ワークショップ、第１回目は、参加者の方々への質問「子育て」のなにについて考えたいか？から始め、２時間すべて使ってお一人お一人に話をしていただいた。ここまでは北九州の勉強会と同じだけど、北九州とは地域も公募の仕方も違うせいか、ずいぶん市民運動の盛んな「世田谷らしい」雰囲気になった。ご自身でも、「子育て」に関して社会を変えるための活動をされている方が多かった。<br />参加は一回でもOKなのだが、この初日はとくに参加が集中して、スタッフまで含めると全部で20人以上の出席者となる。40前後の女性が目立つが、男性もちらほら、60代とお子様にもお一人ずつ来ていただいてとても嬉しい。<br />実はこのワークショップは、最後の６回目に発表会を企画していたのだが、「発表会あり」と聞くとまたプレッシャーで参加を見送る人がでたらいやだねということで、学芸スタッフと相談して発表会のことは公募の段階ではふせておいたせいか、６回目の出席者が一番少ないという困った状況にある。。。<br /><br />一回でもOKと宣伝したのは、参加者が家族をつれてきてくれたりするのを期待していたり、子連れ参加は毎回確実というのは難しい（こどもがとつぜん熱をだしたり体調が悪くなったり）だろうことを考慮した上でのことだったのだが、参加者本人が一回とか数回しか来ないみたいなケースが多くなってしまった。公募の仕方は難しいなあ。。。<br />しかし学芸スタッフはあまり心配してないみたいで、慣れたものだからいろいろ勘も働くのだろうから、お船に乗せてもらっておけばいいかなとも思う。<br /><br />なぜ発表会を企画したかと言えば、これまでのワークショップで発表会が最後にあったものはうまくいく可能性が高かったからだ。発表するということで緊張感が生まれ、成長、変化の度合いが大きくなる。<br />発表会を観にくるのは参加者の家族や親しい友人といった人々で、地域の「学芸会」的なものになるのだが、それはいつもちょっと感動的な光景だ。表現を職業とする俳優とは違い、日頃自分を表現することなく生きてきた方々のリアルな実人生の感覚をともなう表現には、ヘタな演劇よりもよっぽど見る価値のある体験やたくさんつまった思いがある。それをともに人生の時間を過ごしてきた親類縁者が観るのだ。それはよく知る親しい人の見たことのない一面かもしれない。こうした「表現」という日常とは違う方法でのコミュニケーションでの体験や思いの共有によって、その関係はどう変わるのか。それは発表会の後のみなさんの顔を見ればそれはよくわかる。<br />参加者どうしも年齢や立場を越えて、初めのもじもじぎくしゃくをのりこえ、同じ舞台を作る仲間として手を組み、協力して表現を作りあげていく様子はほんとうに頼もしく、やっぱり演劇ってすごいなーといつも思ってしまう。<br /><br />これが、いわゆる演劇作品の上演では味わえない演劇の面白さだ。通常の作品上演では、観客はいったいどんな人々なのか顔が見えず、観た人々がどう感じて、なにか人生にプラスになる変化があったのかどうか、上演の価値はあったのかどうか、それがわかりにくく、のれんに腕押しな感じを受けることがよくある。<br />それにくらべてワークショップは「顔が見える」ので、誰がどんなふうに成長・変化していったかがよくわかる。一人の人の変化、は本当にすごいことだ。一人が変わればそのまわりにも影響は波及する。かなり草の根的だけど、とても価値のあることだと思う。<br /><br />まあそれで、今回もみなさんに話していただいて、でてきた素材をもとに子育てについていろいろな角度から表現を試していって、それをつなげて最後に発表したいと思っている。<br />今回もとても興味深いお話をたくさん聞かせていただいた。<br />
<br />育児分担の不平等、男は子育てにどう関われるのか、「子育て」以前の夫婦間の問題、ママ友とうまくつきあえない、自分らしい子育てとは？、若い世代は経済的に結婚や子どもを持つことが難しい、こどもってなに？、結婚後の地域や親族との摩擦に対する不安、仕事と子育ての両立、個人としてのわたしを取り戻したい母、「育児ノイローゼ」など苦しむ母親たちを救うには、女性の妊娠を迷惑がる社会を変えたい、虐待、しつけなのかストレス発散なのか？、unhappyな子育てをしている人にどう関われるのか、日本人がなくしてしまったバイタリティー、育児しながら働く女性に対する社会の理解の低さ、学校や地域の機能不全、親になることへの不安、地域の中で育った感覚の欠如などなど<br /><br />北九州もだったけど、劇場の学芸他スタッフもみんな参加者の一人として同じように参加してくれるのは本当にいいと思う。「上から目線」で品定めしたり自分を隠すことの許される特別な誰か、という感じではなく、立場は違っても問題を共有する同じ一人の個人としてそこにいてくれてるのを感じるからだ。<br />参加者とスタッフの違いはスタッフは職業としてワークショップに関わっていることだ。職業上恥をかきたくない気持ちは誰にでもあると思うけど、それを恥も覚悟の上で？かはわからないが自分をさらして参加してくれるスタッフは、本当に勇気があると思うし、その自信と謙虚さは人としてとても魅力的だ。<br />「上から目線」なんてひさしぶりに使った言葉だけど、研究生と接していると、人の態度に敏感な彼らから「あーこんな言葉あったなー」とか思い出させてもらったりこちらも学ぶことがあるのでとても面白い。<br /><br />明日土曜日は参加が薄い回だけど、円の研究生が３人参加してくれたり、うちも家族全員参加でこどもも連れていくので、「こども」と「若い世代の問題」をテーマに表現を探ってみたいと思う。<br /><br /><br />円の研究所では、「ハムレット」モノローグ、to be or not to beの現代バージョンをやっているが、これがまたとても面白い。<br />「この不況下で、少しでも安定した職業につくべきか、それとも安定はないが自分の行きたい道に進むべきか」とか、「アパートの隣の部屋がうるさい、管理会社に言うべきか否か」とか、「飲み会に行くべきか否か」とか、「言うべきか否か」とか、東京らしかったり、他者の反応にやたら敏感なこの世代らしいテーマもたくさんでてきた。<br />実習で使っているのは福田恒存訳だが、これをそのままやった研究生の発表を聞いていて、このセリフが今の日本でリアルに語られるとしたら、T電のもと社長とか、そんな感じかしらと思えてきた。<br />「ハムレット」を古典作品鑑賞用上演ではなく、現代に生きる作品として上演するには、それくらいのことじゃないと成立させるのは難しいだろうな。<br />あるいは朝鮮半島の北のあととりのお話とか？<br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br />
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<title>ゆとり世代と子育て</title>
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<description>へんなお天気が続いた連休も終わって、旦那は会社へ、こどもは保育園へ行ったので、わたしも仕事の準備を始める。一昨日は、昨日被害がひどかった栃木の益子にいた。一日ずれたら巻き込まれただろうと思うけど、一日の差で被害を受けなかった。つくばあたりも竜巻でひどいこ...</description>
<dc:creator>drecom_abehatsumi</dc:creator>
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<dc:subject>演劇ワークショップ</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[へんなお天気が続いた連休も終わって、旦那は会社へ、こどもは保育園へ行ったので、わたしも仕事の準備を始める。<br />一昨日は、昨日被害がひどかった栃木の益子にいた。一日ずれたら巻き込まれただろうと思うけど、一日の差で被害を受けなかった。つくばあたりも竜巻でひどいことになったけど、今自分はここで屋根のある家にいる。でもそれがなんだかほんとに偶然のように感じられる。それくらい、いつどこでなにが起こっても不思議じゃない感覚が日常的になってるんだろう。<br />それでも仕事も生活も続くので、今日も考えることから始める。<br /><br />時々、意外な人からブログ読みましたとか読んでますとか言われることがあり、離れて普段連絡を取り合うこともなくても遠くで気にかけていただいてることを知り、本当にありがたいと思う。<br />このブログは、自分の考えをまとめるのに使ったり、一緒に仕事をするスタッフの方々と進行を共有したりすることに使っているので、とくに自分の考えをまとめるために書いているものは、子育て中の限られた時間でほとんどメモがわりのように急いで書いていて、ちゃんとした文章にしようとしてもなってなかったり、間違いも多かったり、言葉の選び方も雑だったりで、その点は申し訳なく思う。<br />しかしこの「メモ」も公開にしておくことが、母子カプセルになりがちな子育ての中で自分を社会につなげておく手段になるので、あえて公開して恥もさらすことにしている。<br /><br />さて木曜は円の研究所の実習、で来週からはいよいよ世田谷の「子育てを考える」ワークショップが始まる。<br />研究所は、今週来週、アシスタントのノムさんからの課題、「ハムレット・モノローグ」をやることになっている。ハムレットのモノローグを自分に置き換えてそれぞれテキストを自分でアレンジして一人ずつ演じるというものである。どんなto be or not to beがでてくるんだろうか。<br /><br />連休中、遊び疲れてこどものお昼寝が長引いた日があり、そこで旦那が録画していたNHKの「現代うつ」のドキュメンタリーを見せてくれた。ゆっくりテレビを見るなんてことはほとんどできないので、ほんとにラッキーだったし、見てよかった。<br />「現代うつ」は「新型うつ」とも言われ、今２０代、３０代が多く発症している病気で、症状はうつ的なんだけど、場合によっては遊びに行けちゃったりするので、ただの怠けや甘えと言われてしまうこともあるらしいのだが、やっぱりうつの一種だということ。それから被害者意識が強く、なにか問題がおこった時、常に人のせいにするという特徴もあるらしい。心が折れやすいのだ。<br />まさに前回とりあげたロスジェネゆとり世代の問題である。<br />ドキュメントを見ていると、この世代がこんな病を発症するのはとてもうなづけた。<br />番組の中でもこの世代の自己肯定感の低さが語られていたが、その原因として、「新学力観」が教育現場に導入されたこともあがっていた。それは、成績を、テストの点数ではなく、やる気や態度によってつけるというもので、いくらテストの成績がよくても「５」に該当しても、態度にやる気が見られなければ評価は「４」に下がってしまうらしい。これは初めて知ったので驚いた。それで、こどもたちはたえずまわりの視線を気にするようになり、常に「演じること」を強いられるようになったということだった。<br /><br />番組で紹介された「新型うつ」対策としては、カウンセリングや企業の取り組みなどがあった。<br />企業では、うつになってしまった社員に、ひとりひとり得意な仕事を用意して、それぞれにあった仕事の仕方を提案し、社員の側は、仕事を着実にこなし評価をあげることで自信を取り戻し、効果をあげているということだった。賢い企業があったものだと思う。だいたいは「最近の若者は甘えてる」ということで自己責任論となり、対応する余裕のない企業が圧倒的だろうけど、だいたい自己責任論で切ったところで、そういう若者が多数ならば、クビをすげかえすげかえしても結局は人材がいないということで徒労に終わるだけじゃないだろうか？あまり生産的な対応とは思えない。<br />わたしは演劇を教育現場に取り入れることを提唱したいところだが。<br />というか会社員のみなさんにもぜひ演劇をおすすめしたいところだ。<br />うちの旦那もサラリーマンだけど、演劇は見に誘われてもあまり行きたくないけど、やろうと誘われたらやる人はけっこういるかもと言っている。<br /><br />自己肯定感の低さはほんとうにどこから来ているのだろうか。<br />自分の価値を他者にゆだねてしまうのだ。そして自分の中はからっぽ？<br />とにかくこの問題はどうにかしなければならない。大人はなにか手をうたなければならないと思う。<br />わたしは自分のこどもにもそんな不幸なこども時代を過ごしてほしくない。<br /><br />競争をさけることで、競争に負ける子が傷つくことはなくなるかもしれないが、傷つく機会を奪われた子どもは負の免疫のつけずに成長し、突出した能力を持つ子はその後の人生を支えてくれる成功体験を奪われたまま成長する。<br />過度な競争の後の過度な優しさ。<br />数年前、周年行事をひかえた都内の小学校で長期のワークショップをした時、どんな大人になりたいかと子どもたちに聞いてみると、「優しい人」というのがダントツ一位で、その他はとても少なかった。<br />思い返せばあの時もふと何かおかしい、と感じていたのだ。<br />30年前の子どもたちの答えは「正直な人」「強い人」「面白い人」、いろんな価値が多数ならんでいた。娯楽は多様化したのに、価値観はむしろ反対にやせ細っている。<br /><br />核家族化、過保護、過干渉、放任、生活の便利さの向上、大人の管理意識の強まり、不況。<br />社会のひずみは若い世代やこどもにしわよせる。<br />自分のこどもを見ていても思う。なんでもスイッチひとつでできあがる便利な生活の中で、どうやって忍耐力を育てたらいいのか、どうやって体があることや生の実感を得る体験をさせられるのか。<br />まわりを見ても小さなこどものいる家はいつもバタバタで、日々余裕なく暮らしてるけど、ふと時々こんな問題を思い出して頭を悩ませる。<br /><br />研究所ではゆとり世代と接していると、時々サラ・ケインの「4.48サイコシス」や、テア・ドルンの「BOMB SONG」の一節が頭をよぎることがある。同じ叫びを聞いているように感じることがあるのだ。後半の実習はどうしようかと考えていたが、これもちょっと持っていってみようと思う。<br /><br /><br />来週から始まる子育てを考えるワークショップでは、まず北九州の勉強会と同じように、参加者の方々の「子育て」に対する印象や思いを共有することから始めようと思う。で、でてきた素材を表現にしてみる。<br /><br />わたしのワークショップでは、演劇ワークショップと言っても、ほとんどの場合、誰か別の人に「なりきって（スゴイ誤解!!と思うんだけど。。）」みたりするいわゆる「演技」みたいなことはほとんどしない。<br />誰にでもできるような演劇「的」な手法で表現を試していく。<br />たとえば、ただ本を声に出して読むとか、人形を使って人形劇みたいなことをするとか（←これはほとんどの人がこどもの頃にやったことあると思う）、ごっこ遊びみたいなことをするとか、ビデオカメラもって取材してくるとか、絵を描いてみるとか、思い出を話すとか、そしてたまには演技みたいなこともする。<br />とりあえず誰でも自分の得意なところでできることをして、気軽に楽しんで参加してもらいたいと思っている。<br />でも「演劇ワークショップ」というと、みんな演技をしなきゃいけないと思って、参加を見送る人もいるのでそれが悩みの種である。<br /><br />世田谷の次の子育てワークショップの企画も、広報を考えなくちゃなのよ。<br /><br />
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<title>ロスジェネ、ゆとり世代は</title>
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<description>今週は３日間、円演劇研究所本科生の演技実習授業があった。２７人のクラスが２つ、１コマ３時間なので、一日６時間で５４人を相手にしなければならない。こんな人数の多さは小学校でのワークショップのほかにはなくて、まあだいたい２０歳を過ぎた大人相手だから小学生より...</description>
<dc:creator>drecom_abehatsumi</dc:creator>
<dc:date>2012-04-20T11:49:46+09:00</dc:date>
<dc:subject>演劇ワークショップ</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[今週は３日間、円演劇研究所本科生の演技実習授業があった。<br />２７人のクラスが２つ、１コマ３時間なので、一日６時間で５４人を相手にしなければならない。<br />こんな人数の多さは小学校でのワークショップのほかにはなくて、まあだいたい２０歳を過ぎた大人相手だから小学生よりは楽だけど、とにかくまずはその一人一人をみていくので、すごい集中力が必要だし、すごく頭も使うし、終わった後は放心状態で、すぐにうちに帰る気力もないくらい疲れている。<br />でもこんなに疲れているのに、家でもずっと彼らのレポートを読んだり、なにをしたらいいか考えたりするのが楽しいのは不思議だなと思うし、次は来週なので、また来週まで彼らに会えないのがちょっとさびしい。<br />この一週間はこどもを実家にあずけているので、時間をフルに自分のために使える。妊娠前はずっとそれが普通だったけど、人にとって別にそれはぜんぜん普通の状態じゃないということは、恥ずかしながら子を持って初めて知った。<br /><br />さて研究所の話である。円の研究生には年齢制限がなくなったので、なかには３０代もいて、ちらほらと１０代もいるけど、そのほとんどは２０代前半がしめている。<br />この世代はいわゆる就職氷河期世代、ロストジェネレーションとか、学校で「ゆとりの時間」を過ごした「ゆとり世代」とか言われる世代だ。<br />一番多いのは２０歳という年齢で、高校を卒業して専門学校に行き、４年大学に入ったつもりであと２年という感じで入るのかな。<br />このあたりの世代とはわたしは縁が深く、４、５年授業を受けもっていたG大の学生たち、高校演劇クリニックワークショップで出会った当時の高校生たち、それからいわき総合高校で一緒に作品を作った当時の高校生たちもみんなだいたいこの世代だ。<br /><br />とくに「ゆとり世代」がなんかおかしい、と初めて思ったのは当時のG大の１年生たちの普段の様子を目にした時だった。とにかくなんにも可笑しいことなんかない会話なのに、みんなでたわむれてけらけら笑っている。あまりにも意味不明な言動に、ジェネレーションギャップもすさまじいなと思いつつ彼女たちの様子をみていたのだが、そのすぐ後にいわき総合高校の２年生のアトリエ公演の仕事を受けて、数ヶ月かけて彼らと一緒に作品を作った時、そのG大生たちの言動が初めて理解できた。<br /><br />その時のことは以前このブログでも触れたかもしれない。彼らの日常は「KY」とか「キャラ分け」という言葉で表現された。<br />有名な「KY」は「空気読めない」の略で、たとえば「あいつKYじゃない？」みたいな使い方をして「あいつ空気読めないよね？」の意味になる。<br />「キャラ分け」というのは、「ぼけ役」とか「つっこみ役」とか自分で自分のキャラを決めて、友だちと一緒にいる時、そのキャラをうまく演じて過ごすことだ。<br />これは違う世代にはほとんどわからない。<br />詳しく聞いていくと「え！ほんとにそんなことやってんの！！？」とびっくりするようなことだ。<br /><br />「空気を読む」ことはこの世代じゃなくてもまあだいたいの人がやっているし、その行為自体にはなにも問題はない。<br />問題は、なんのために読み、読んでどうするのかだ。<br />彼らにとって大事な空気とは、おもに楽しい空気をさす。でその楽しい空気を作るために、たとえば「ぼけ」とか「つっこみ」とかの役を自分で決めて、そのキャラを演じながら「楽しい空気」をみんなで作り出したり、盛り上がったりしようとする。はたで聞いているとそれはあたかもなにかのゲームのようだ。ルールは、「場をもり下げてはならない」「楽しい空気を壊してはならない」ということで、そのためになら作り笑いだってがんばるし、人と違う考えや感情を持ってもそれを押さえこんで必死で周囲に合わせ、「和」を乱さないように努力する。ルール破りの罰は「仲間はずれ」と「あの人へん」のレッテル貼り。<br />「ルールを破ったらどうなるの？」と聞くとある高校生が「殺される！」と叫んだ。<br />みんな全身全霊をかけ必死でこのゲームに取り組んでいる。<br />仲間はずれにされないために、「あのひとへん」と言われないために。<br />それはもう本当に必死で、そのために生じた感情の矛盾や苦しみを解消すべく、ある時から自分で自分を改造し始め、いつのまにかそれを本当のわたしと思いこんでしまった子もいる。改造人間である。<br /><br />そんなふうに学生時代を過ごし、彼らは社会にでていく。<br />他者を批判することを避け、「和」を尊び、「へん」と思われないように必死で周囲に言動を合わせ、不況のため失敗を極度に恐れるがゆえの真面目さと慎重さを持つ「ゆとり世代」を、そんな彼らの事情を知らない上の世代はよく彼らを「無個性」と評するらしい。<br /><br />しかしはたして彼らは本当に「無個性」なんだろうか？<br /><br />そもそも彼らはいつからKYやキャラ分けのゲームを始めるのかというと、だいたい小学５、６年生あたりからだという。その頃から、人と違う考え、人を不快な気分にさせると思われる考えや感情は、彼らの体の中に閉じ込められて出口を失い、悲しみや怒りに変化し、日々次々とため込まれ強大なエネルギーとなって、いつか出口が開くのを彼らの体の内で息をひそめて待っている。<br />そんなものを体の中に飼っているのは本当に苦しいので、時折それでそのエネルギーを外に爆発させることがあり、それが「キレる」という現象だ。「自分はそうは思わない」「本当は嫌だ」という感情が生まれた時、それを伝える術を学ぶ機会のなかった彼らは、それを伝える時、体の中で増大した怒りのエネルギーを必死で外に放出する。そしてそのゲームの掟破りは彼らにとって、自分の居場所をなくすことを意味している、ということだ。<br /><br />なにが彼らのこんな苦しい状況を作りだしているのか？<br />考えられる大きな要因は２つ、「多様化」「不況」だろうか。<br />たとえばわたしはバブルに少しひっかかった世代だが、わたしのこども時代と彼らのこども時代はかなり違う。わたしたちがこども時代や思春期を過ごす頃には、携帯もなかったしもちろんパソコンもなかった。音楽といえばテレビの「ザ・ベストテン」とか「MTB」とか、そこではやってる歌はみんなが知ってたし、娯楽も遊びもそんなに選択肢がなく、それをみんなでシェアしていた。そしてネット、メールがないので情報量は今より圧倒的に少ないし、伝わり方の速度も遅い。<br />それが、２０代前半とかの彼らは、もう携帯だのパソコンだのが一般に広く普及しはじめた頃に成長期を過ごしている。大量の情報へのアクセスが容易になると、自分の好みのものへのアクセスもしやすくなり、趣味や娯楽の選択肢も広がり、「多様」になる。<br />「多様」であるということは、情報量と比例して自分の専門外とか知らないことが増えるということでもある。そこで難しくなるのが「共感」である。日本人がとくに尊ぶものでもある。<br />人と共感して同じ感情を分かち合う喜びが得られないと、「孤独」に襲われる。<br />それは深い孤独に違いないだろう。<br />彼らは人を不快な気分にさせてはいけない使命を持っているので、自分の悩みを人に打ち明けたりしない。また人の悩みを聞いてもどうすることもできないし、また聞くのも正直面倒くさかったりするので、人の悩みも聞きたくない。<br />それでも共通の話題をむりやりでも探してなんとか盛り上がって楽しい雰囲気を作らなくては、自分の「孤独」が増大してしまうので、嘘でもいいから友だちと一緒にいたいのである。苦しくても「一人よりはまし」なのだ。<br /><br />この世代にとっての問題はとにかく「コミュニケーション」なのだ。「コミュニケーション」という言葉はもうずいぶん前からもてはやされているが、いったい誰がどんなコミュニケーションが大事としてどこでどんな指導を行っているのか不思議に思う。<br />
<br />そして時代はバブル崩壊後の不況と混乱、小泉構造改革である。<br />アメリカ型の新自由主義は「市場で自分を売れない人間に生きる価値はない」と言わんばかりの「自己責任論」をふりかざす。だれもが、明日自分のお父さんがクビになったり会社や店が倒産したりして一家が食えなくなってもおかしくない状況におちいる。たった一度の失敗が命取りになることもある。<br />大人たちの萎縮や緊張は当然こどもたちにも伝わっていくだろうし、彼らの将来を案じ、社会の厳しさを彼らに伝えていくだろう。<br />そう脅され続けることで「失敗」を極度に恐れるようになるのは当然かもしれない。大事なのは「真面目にがんばること」と「優等生であること」なのだ。<br />にもかかわらず彼らは「ゆとり」をとらなくてはならないのである。<br /><br />さらに社会的要因を探るとすれば「管理」だろうか。このへんは子育てする親世代の意識のありようと関わってもくるので、また後で書いてみたい。<br /><br />でこんなロスジェネ、ゆとり世代のキーワードは、「楽しむ」「共感」「使い分け」だ。<br />世は不況でお金ないし、希望もどうせかなわないから最初からあきらめた方が苦しい思いをしなくてすむ、でもそれでも人生は続くので、だったらできる範囲で楽しもうよ、というなかば開き直りに近いこの態度が、彼らの生産的な一面かもしれない。もしそれが「ゆとり」教育によってもたらされたものなら「ゆとり」教育も少しは甲斐があったと考えていいのだろうか？<br />授業を始めるにあたって、「演劇と人生で大事なことはなにか？」という課題でレポートを書いてもらった。そこにはこれらのキーワードがたくさん並んでいた。<br />そして今週の授業では、彼らの多くが押し込めてきた思いとエネルギーを体の外に「表現」した。<br />もちろんたくさんの怒りや悲しみが大きなエネルギーとともに湧き出てきた。<br /><br />そうして彼らを覆っていた殻がはがれてでてきたのは、２０年前わたしたちが研究生だった頃とたいした違いはない稽古場の風景だった。「いったい彼らのどこが無個性なの？」と聞きたくなるような。<br /><br />「こども」という存在は、自分を虐待する親でさえ愛する、「愛」の存在であるという、シュタイナー教育者の言葉がある。どんな親もせめることなく、自分が悪いと思いこむ。そのように生まれつき、輪をかけて自分のせいだ、自分が悪いという自己責任論を刷りこまれた多くの若い世代は、まずそれを疑うことから始めなければならない。<br />人は誰も生まれた時代と場所にふりまわされて生きる。<br />そしてそんな社会に新しい価値を見つけ育て、社会を変えていくのもそれぞれの世代に与えられた仕事だ。<br /><br />演劇は彼らを苦しみから必ず解放する。<br />演劇はたえず自己と他者、そして世界に対しての発見と認識をうながす装置だからだ。<br />わたしは今、日本において演劇は「観る」ことよりも「やる」ことに価値があると思いつつある。<br />みんなが演劇をやる仕組みができたら、どれだけ日本国民は苦しみや孤独から解放され、創造的で生産的な生活ができるようになるだろうかと思う。もちろんそれは演劇だけではない。芸術はそんな力を持っている。それにやっと行政も気づきつつあるのか、豊島アートステーション構想なんかは願ったりかなったりの先進的な試みである。<br /><br />以前、いわき総合高校で高校生たちと「KY」や「キャラ分け」についての彼らのドキュメント作品を作った際、作品を見て高校生たちの現実を記事に書いてほしいと地元紙の方に依頼され、とにかく多くの大人はこの現実を知るべしと、「書きます」と即答したのだが、当時仕事がたてこんでいてなかなか時間がとれなかったのと、その後すぐ妊娠してしまったことで、ずっと書けずにいた。<br />もしまだ原稿を書かせてもらえる余地が残っていれば、この日記を下書きにでもいつか書かなくちゃと思っている。<br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br />
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<item rdf:about="http://abehatsumi.dreamlog.jp/archives/5090500.html">
<title>『「子育て」を考えるワークショップ』／世田谷</title>
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<description>今年は、３つの地域で「子育て」をテーマにワークショップをやりますが、そのうちの一つ、昨年から学芸のお二人とともに準備を進めてきた、世田谷パブリックシアター主催『「子育て」を考えるワークショップ』が、いよいよ５月中旬から始まります。webでも募集が始まりました...</description>
<dc:creator>drecom_abehatsumi</dc:creator>
<dc:date>2012-04-10T15:35:20+09:00</dc:date>
<dc:subject>演劇ワークショップ</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[今年は、３つの地域で「子育て」をテーマにワークショップをやりますが、そのうちの一つ、昨年から学芸のお二人とともに準備を進めてきた、世田谷パブリックシアター主催『「子育て」を考えるワークショップ』が、いよいよ５月中旬から始まります。<br />webでも募集が始まりました。<br /><br /><a href="http://setagaya-pt.jp/workshop/2012/05/2012_2.html" target="_blank">http://setagaya-pt.jp/workshop/2012/05/2012_2.html</a><br /><br /><div class="subtitle_main"><h3>「考えるワークショップ2012」 <br />『「子育て」を考えるワークショップ』</h3></div> <div class="theater_ind_subtitle_foot"><img src="http://setagaya-pt.jp/theater_info/img/subt_b.gif" border="0" alt="" width="649" height="10" /></div> 子どもを産み、育てること。 <br /> いつの世にもある、とても「普通」の営みです。<br /> <br /> とはいえ、そのひとつひとつが特別で、かけがえのないことでもあります。 <br /> また、その「普通」を支える環境は、さまざまな問題をはらんでいて、いまや簡単に「普通にあるもの」とはいえないかもしれません。<br /> <br /> このワークショップでは、地域の中で、社会の中で、&ldquo;子どもを産み、育てること&rdquo;についてみんなで考えていきたいと思います。 <br /><br /> 日々感じていること、疑問に思っていること、発見したこと、悩んでいること。 <br /> そんなひとりひとりの想いや経験を出発点に、 <br /> からだを動かしたり、演劇をつくってみたり。 <br /> そうして旅したその先には、また違った風景が見えてくるかもしれません。<br /> <br /> ※特別なご用意はありませんが、小さなお子さん連れの方も大歓迎です。<br /> <br /> ------------------- <br /> ☆「考えるワークショップ」とは <br /> 毎回キィワードを掲げて、集まった人たちが一緒に「考える」ワークショップです。 <br /><br /> ある結論をだしたり、演劇作品をつくったり、技術を磨いたりすることを目的としているものではありません。 <br /> 「みんなで考える」。 <br /> それがスタートであり、ゴールです。 <br /><br />とはいえ、あくまで、演劇ワークショップ。 <br /> 身体を動かしたり、他の人の言葉や考えに触れたり、そこからさらに想像をめぐらせたり・・・ <br /> そんな「演劇」をつかいながら、「いま、みんなで、考えたいこと」を考えていきます。 <br /><br /> 今回のキィワードは「子育て」です。 <br /> さあみなさん、一緒に、頭とからだ、全身で考えてみませんか？ <br /> -------------------  <br /><br />2012年<br /> (1)5月15日（火）10時～12時<br /> (2)5月19日（土）10時～12時<br /> (3)5月29日（火）10時～12時<br /> (4)6月12日（火）10時～12時<br /> (5)6月23日（土）10時～12時<br /> (6)6月30日（土）10時～12時<br /> （全6回） <br /><br /> ※途中からでも、1回のみの参加も可能です。<br /><br />場所  世田谷文化生活情報センター　ワークショップルームA （三軒茶屋駅前キャロットタワー4階）    <br /><br />参加費　１回500円<br />対象　子育てに関心のある方ならどなたでも<br /><br /><img src="http://common.blogimg.jp/emoji/82831.gif" width="20" height="20" /> <img src="http://common.blogimg.jp/emoji/82831.gif" width="20" height="20" /> <img src="http://common.blogimg.jp/emoji/82831.gif" width="20" height="20" /> <img src="http://common.blogimg.jp/emoji/82831.gif" width="20" height="20" /> <img src="http://common.blogimg.jp/emoji/82831.gif" width="20" height="20" /> <img src="http://common.blogimg.jp/emoji/82831.gif" width="20" height="20" /> <img src="http://common.blogimg.jp/emoji/82831.gif" width="20" height="20" /> <img src="http://common.blogimg.jp/emoji/82831.gif" width="20" height="20" /> <img src="http://common.blogimg.jp/emoji/82831.gif" width="20" height="20" /> <img src="http://common.blogimg.jp/emoji/82831.gif" width="20" height="20" /> <img src="http://common.blogimg.jp/emoji/82831.gif" width="20" height="20" /> <img src="http://common.blogimg.jp/emoji/82831.gif" width="20" height="20" /> <img src="http://common.blogimg.jp/emoji/82831.gif" width="20" height="20" /> <img src="http://common.blogimg.jp/emoji/82831.gif" width="20" height="20" /> <img src="http://common.blogimg.jp/emoji/82831.gif" width="20" height="20" /> <img src="http://common.blogimg.jp/emoji/82831.gif" width="20" height="20" /><br /><br />４月に入って数日、今年前期授業を担当する予定の演劇集団円の研究生の入所試験の審査員の仕事をしました。<br />１次募集は残念ながら先約があって参加できなかったのですが、２次募集の試験では男女あわせて40数名の志願者の方々と二日間を過ごしました。こういうのは自分の時以来なので、なんだか20数年前を思い出して懐かしかったです。<br />基本的には全員とってもいいんじゃないか？くらい思いました。<br />たぶん本当に好きで努力し続けられるなら、みんなそれなりに伸びると思うからです。<br />もちろんペースは個人差で速い人、遅い人、いるでしょうが。<br />しかしやっぱり数分というわずかな時間で、人の気持ちを引きつける表現ができる人たちがいるのは不思議なことです。<br />これはなんの違いなんだろうとずっと考えていました。<br />たしかに何か一つのことにうちこんできた人や、ちょっと変わったことをしてきた人にそんな要素があったりするのですが、かといってそういう条件を持っていればいいかというとそうでもなかったり。<br />研究所担当のMさんいわく「その瞬間にエネルギーがだせるかどうかだ」ということでしたが、じゃなぜそれをだせる人とだせない人がいるんだろうか？<br />生まれつき？環境？<br /> 自分のこどもをみていると確かに環境に関わらずもって生まれたパーソナリティーみたいなものはあると思う。<br />若い頃に読んだ、ライアル・ワトソンの「生命潮流」を思い出す。その生命体の形は、そのものの持つエネルギーの表れだみたいなことがあって、その強烈なイメージで世界の見え方が一時的に破壊されてすごく刺激的で面白くて、妙に納得した。<br />出産育児を経験すると、人間も動物だということを本当に実感するけど、やっぱり動物として生命体としてのエネルギーの強弱はあるんだろうな。<br />研究所の授業は来週から。<br />ありがたいことに好きなことをしていいということなので、演技のスキルアップとかにはならないかもしれないけど、演劇ってそもそもなんだろうとか、本当に伝わる表現てなんだろう？みたいなことをいろいろ試しながら、みんなで考えていきたいと思う。<br /><br /><br /><br /><br />
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<item rdf:about="http://abehatsumi.dreamlog.jp/archives/5085228.html">
<title>出産育児体験を表現／北九州</title>
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<description>北九州で「出産育児体験を表現に生かす」勉強会をしたのは、小学校でのワークショップを終えた翌日、劇場内の稽古場のような場所で、約３時間程度のものだった。そもそも劇場内スタッフも含め小規模にやろうということで、参加者はみんなで17名。その中には、山口で高校演劇...</description>
<dc:creator>drecom_abehatsumi</dc:creator>
<dc:date>2012-03-07T12:00:20+09:00</dc:date>
<dc:subject>演劇ワークショップ</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[北九州で「出産育児体験を表現に生かす」勉強会をしたのは、小学校でのワークショップを終えた翌日、劇場内の稽古場のような場所で、約３時間程度のものだった。<br /><br />そもそも劇場内スタッフも含め小規模にやろうということで、参加者はみんなで17名。<br />その中には、山口で高校演劇ワークショップをしていた時の参加者たち、顧問の先生と、今はもう大学生や社会人になったなつかしい顔ぶれもある。今回は関門海峡を渡って北九州まで会いに来てくれていた。<br />テーマが理由か、集まったのは２名をのぞいて全員女性。<br />貴重な男性２名のうちひとりはその山口の演劇部の顧問の先生、もう一人は妊娠前の活動をよく手伝ってくれていたドラマトゥルク志望のYくん。Yくんもわざわざ東京からの参加。そのYくんがこの日の流れをメモしておいてくれたおかげで、こうして時間がたってしまった今も、そのメモをもとにいろいろ思い出すことができる。感謝感謝。<br /><br />３時間のうち１時間ちょっとは、学芸のNさんの希望で、演劇史におけるわたしの活動の紹介に使った。<br />わたしの活動はブレヒトの系譜なのだが、これをアリストテレスから始まった近代までの演劇の歴史の流れと続けて説明すると、演劇をほとんど知らない人にもよくわかってもらえる。なぜならやっぱり演劇は人間の存在や生活そのものだからだろう。この説明の仕方はそれこそ山口で高校演劇の指導を担当するうち高校生にもわかりやすい説明として考えだしたものだが、これがけっこう受けて、あちこちでこの話を頼まれるようになった。<br /><br />それが終わってやっと本題に入るのだが、ここでは参加者全員に「この勉強会に参加した理由」と「出産育児」に対するイメージを話してもらうことにしていた。小規模な企画とはいえ、時間のわりに人数が多いからできるだけ簡潔にお願いしますと言ってもなかなかそうはいかない。<br />集まった女性もとくに子どもがいる人ばかりではなく、むしろ未婚や既婚でもこどもはいない人の方が多いくらいだ。<br /><br />ここででた話をYくんのメモをもとに少しまとめてみる。<br /><br /><img src="http://common.blogimg.jp/emoji/80000.gif" width="20" height="20" />　<img src="http://common.blogimg.jp/emoji/80000.gif" width="20" height="20" />　<img src="http://common.blogimg.jp/emoji/80000.gif" width="20" height="20" />　<img src="http://common.blogimg.jp/emoji/80000.gif" width="20" height="20" />　<img src="http://common.blogimg.jp/emoji/80000.gif" width="20" height="20" />　<img src="http://common.blogimg.jp/emoji/80000.gif" width="20" height="20" />　<img src="http://common.blogimg.jp/emoji/80000.gif" width="20" height="20" />　<img src="http://common.blogimg.jp/emoji/80000.gif" width="20" height="20" />　<img src="http://common.blogimg.jp/emoji/80000.gif" width="20" height="20" />　<img src="http://common.blogimg.jp/emoji/80000.gif" width="20" height="20" />　<img src="http://common.blogimg.jp/emoji/80000.gif" width="20" height="20" />　<img src="http://common.blogimg.jp/emoji/80000.gif" width="20" height="20" /><br /><br />俳優（女性・独身）：姉の子育てをみていると本当にたいへんで、自分が出産して演劇を続ける場合、演劇は作品を作るのに膨大な時間がかかるから、その両立が難しいのではないかと思っている。<br /><br />高校教師（男性・既婚、中２の娘）：今日は母親が娘の試験勉強につきあい、自分だけがここに出席しているという状況も育児分担の不平等問題を含んでいる。日頃も学校の仕事で日付ぎりぎりまで仕事していたりする。出産だけはかわってあげられない。妻は血のにじむような食事制限をして高齢出産を乗り切った。<br /><br />会社員（女性・独身）：妹は３人の子持ちだが、母親の協力で２年前からパートにでている。子育ては生き甲斐になるのでは。<br /><br />看護師（女性・既婚）：「イクメン」や「ワークライフバランス」という言葉が流行っているように、日本はこれから父親も一緒に育てていく方向では。こどもはいないがそれがすっぽり抜けた人生はどうなるだろうか。<br /><br />学芸（女性・独身）：もし障害のあるこどもが生まれたらどうしたらいいのかと思う。<br /><br />大学生（女性・独身）：夢はお母さんになることなので、幸せなイメージしかなかったが、みなさんの話を聞いているといろいろ問題があるんだなと思う。<br /><br />主婦（女性・既婚、小１と３歳の双子）：夫婦二人だけなのでサポートは夫のみ。育児は困難。イメージがないまま産んだので、補助制度はあるのかもしれないが実際には使えなかった。母親世代からは「わたしたちはそんな補助制度がない時に産み育てたんだ」と責められることも。公的な場所でも子連れに対する風当たりは強い。本当に「ベランダから」と考えたこともあった。虐待も他人事ではない。困難な時こそ芸術の必要性を感じ、育児で苦労する母親たちを芸術で癒したいと思ったが難しかった。<br /><br />保育師（女性・独身）：協力者がいなくてつらいと感じることもあるかもしれないが、自分が成長できるというイメージも。社会とのつながりが保育園とか限られたところしかない。まわりの理解が低い。<br /><br />大学生（女性・独身）：何かを得たいと思って今回の劇場の企画全部に応募した。<br /><br />学芸（女性・独身）：日本はまだ子育てしずらい環境。待機児童も多く、女性の社会復帰が難しい。子連れの外出が難しい。道路や公共の乗り物のインフラが足りていない。もっと子育てしやすい環境がいい。<br /><br />学芸（女性・独身）：小さいこどもを持つ母親が、ダンスワークショップに参加して「久々に自分のために楽しめる時間だった」と言っていた。<br />てんかんで投薬すると出産できなくなる？<br /><br />俳優（女性・既婚、２歳）：こどもをあずけて仕事をすることで、自分の心にも余裕ができ、絆が深まり、成長が感じられるようになったが、あずける時こどもが泣くとこのままでいいのかという悩みも。子どもの成長は楽しいし、自分を知ることもでき、人との向き合い方も勉強になった。<br /><br />学校勤務（女性・既婚）：子どもはいないが、理由は経済的なこと。まだ自分も勉強したいし。<br />自分のしたいことはやったりやめたりできるが、育児は止めることが出来ないので、おもしろそう、支えになるだろうとは思っても、そんな責任をおったことがないので怖い。<br /><br />学芸（女性・独身、３人）：自宅に産婆さんが来て産んだ。今は清潔国家で守られすぎていて、子どもを抱いて初乳を飲ませて、という感覚からかけ離れている。<br />五島列島に住んだ時、近所の老夫婦が午後４時になると子どもをさらっていって面倒をみてくれた。その時の経験が支えになっていて、こういう集団的育児への取り組みを広めたいと思っている。<br /><br />大学生（女性・独身）：適齢期の女性の話を聞いていると、仕事や経済面での問題から出産育児に対してマイナスのイメージが強くなりすぎている。<br /><br />学芸（女性・独身）：男に負けたくないと思って仕事をしてきたが、ふと出産育児に対する不安が自分のなかにあることに気づき、みんなで話してみたいと思った。<br /><br /><img src="http://common.blogimg.jp/emoji/80000.gif" width="20" height="20" />　<img src="http://common.blogimg.jp/emoji/80000.gif" width="20" height="20" />　<img src="http://common.blogimg.jp/emoji/80000.gif" width="20" height="20" />　<img src="http://common.blogimg.jp/emoji/80000.gif" width="20" height="20" />　<img src="http://common.blogimg.jp/emoji/80000.gif" width="20" height="20" />　<img src="http://common.blogimg.jp/emoji/80000.gif" width="20" height="20" />　<img src="http://common.blogimg.jp/emoji/80000.gif" width="20" height="20" />　<img src="http://common.blogimg.jp/emoji/80000.gif" width="20" height="20" />　<img src="http://common.blogimg.jp/emoji/80000.gif" width="20" height="20" />　<img src="http://common.blogimg.jp/emoji/80000.gif" width="20" height="20" />　<img src="http://common.blogimg.jp/emoji/80000.gif" width="20" height="20" />　<img src="http://common.blogimg.jp/emoji/80000.gif" width="20" height="20" />　<br /><br />「生き甲斐」や「成長」「社会や男性の意識変化」というプラスの面も少しはでてきたものの、具体的な話ははしょったが、「男女の育児分担の不平等」「女性の社会復帰や仕事との両立の難しさ」「女性の出産における肉体的負荷」「子育て環境の悪さ」「子育ての困難さ」など、あっとう的にマイナスイメージや問題について話される時間の方が多かった。<br /><br />ここででてきた話は、わたし自身もとてもリアルに感じていることばかりだ。<br /><br />この勉強会では参加者はほとんど女性だったが、今年のワークショップではぜひ男性たちにも参加してもらいたいと思っている。やっぱり男性たちにもう少し理解と変化をお願いしなければ、女性たちの苦しみはなかなか取り除くことができないと思う。日本ではまだ「社会」とは＝「男性に有利なルールで動く世界」のことだと強く感じる。<br />たとえば、いろいろ問題はあるけど一つの例として、女性が育休や産休を取らざるを得ないのに対して、男性はそうなっていないということがある。建前上、男性も育休を「取っていい」ことにはなっているが、「取らざるを得ない」ものではない。<br />でも男女ともに「育休」を義務づけたとしたら、雇用の機会のみならずプロセスもそれでやっと平等になる。そうしたらキャリアアップをめざす人は男女ともにこどもを持たなくなるだろうか？<br />それから世代間の問題もある。<br /><br />ワークショップではもちろん（男性）社会の構造や世代間の問題の他にも、歴史的な視点とか、子どもの存在そのものとか、既婚未婚、子あり子なしにかかわらず、参加してくださる方々のリアルな経験や思いをもとに、いろんな角度から一緒に「子育て」について考えながら、表現を探り、作っていきたいと思う。<br />そしてそれによって地域に新しいつながりや活動をつくっていけたらいいなと思う。<br /><br /><br /><br />
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<item rdf:about="http://abehatsumi.dreamlog.jp/archives/5084933.html">
<title>引っ越しました</title>
<link>http://abehatsumi.dreamlog.jp/archives/5084933.html</link>
<description>友人知人と実家の手を借りてやっとこさっとこ昨年末ぎりぎりに引っ越しが終わった。こどもがいると全く作業ができないので、Kは一週間実家であずかってもらった。結婚で新居に引っ越す時にだいぶたくさんのモノを処分して、夫にも処分してもらったから、余計なモノはほとんど...</description>
<dc:creator>drecom_abehatsumi</dc:creator>
<dc:date>2012-03-05T11:54:07+09:00</dc:date>
<dc:subject>Life</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[友人知人と実家の手を借りてやっとこさっとこ昨年末ぎりぎりに引っ越しが終わった。<br />こどもがいると全く作業ができないので、Kは一週間実家であずかってもらった。<br /><br />結婚で新居に引っ越す時にだいぶたくさんのモノを処分して、夫にも処分してもらったから、余計なモノはほとんどなかったけど、それでもやっぱり人の手を借りなければ予定日の引っ越しには間に合わなかったと思う。<br />お忙しいなかお手伝いいただいたみなさま、本当にどうもありがとうございました。<br /><br />新天地は埼玉県さいたま市浦和区。<br />しかし引っ越してからのまる二ヶ月はまたひさびさにしんどい日々だった。<br />環境の変化についていけなかったのか、ほどなくKが高熱をだした。いつもなら二日もあれば熱は下がるのに、小児科でもらった薬を飲ませてもしつこい熱はなかなかとれず、完治まで一週間かかった。やっと熱が下がったと思ったら、今度はなんと赤ちゃん返りが始まる。一日中抱っこ抱っこと泣きながらわたしを追い回すので、家事すらできなくなり、困り果てて、慣れ親しんだ実家でまた少し過ごさせることになった。実家で数日過ごしたKはなんとか自分を取り戻せたようで、やっと元気になったものの、帰るとまたすぐに熱をだしてしまった。二度目の熱は一週間は続かなかったけど、やっぱりいつもより長く下がらなかった。でまたようやく元気になって、初めて保育園に登園すると、今度は大流行中の胃腸炎にかかった。この胃腸炎は今までよりも重くて、かかり初めの日は下痢が止まらず、お水うんちが10分おきくらいにでて、おなかが痛いらしくえんえん泣く。10分おきのオムツ替えもかなりな重労働で、Kもわたしも夜にはへろへろになってしまった。うつらないように手を入念に洗ったりかなり気をつけていたのに、世話で疲れて体力がなくなっていたせいか、Kがなおりかけた頃、今度はわたしがうつってしまった。今までかかった胃腸炎で一番重かった。とにかく10分おきくらいに胃と腸のあたりに激痛がはしる。食事ができない。ノムさんに電話してすぐに来てもらって、Kをあずけてやっと病院に行って点滴をうけた。それから普通にご飯が食べられるようになるまで一週間以上かかった。<br /><br />それでなんとか落ち着いてきたのが、今月に入ってからで、Kもまた一時保育で保育園に通い始め、やっとわたしも仕事を始められるような状況になってきた。<br />とにかくKが病気しているとわたしも家から出られないので、この二ヶ月ほとんど軟禁状態のようなものだったし、Kが家にいる時は料理と洗濯以外の用事は常に邪魔されてできないから、引っ越しはしたものの、家の中の片付けは最低限生活ができる程度しかできていない。また開かずの段ボールが３分の１程度残ってるし、将来のこども部屋はまだ行き場のわからない荷物とゴミの山で足の踏み場もない。<br />年賀状のお返事もほとんど書けず、各種住所変更手続きもまだ終わらない。<br /><br />小さなこどもを連れた引っ越しはそうとうたいへんだと思うよと友だちに言われていたけど、まさかここまでたいへんだとは思わなかった。<br />新しい土地ではすぐに小児科を探さなければならなかったし、小児科も先生によって治療法が違うらしいということも知った。元気な日にKを連れて外に買い物にでて、ご近所の方に会ってご挨拶するだけでKは「いやだの」とそっぽを向き、スーパーの中でも帰る帰ると泣き出す始末。<br />たしかにKにすれば、理由もよくわからず今まで見知ったものが、家の中の家具やおもちゃをのぞいて何ひとつなくなってしまったわけだから、世界の不確かさに恐怖心がわいても不思議はないだろうけど、もっとこどもは順応するものかと思っていた。<br />引っ越してからはよく「こわいの」と言うようになった。音に敏感になって、外でなにか物音がすると泣きそうな顔でわたしのところへとんでくる。<br />この新しい土地もそれほど怖くはないらしいとわかってきたのはまだつい最近のことで、新しい保育園に着いて泣かなかったのは今日が初めてだった。<br /><br />この場所は、Kだけでなくわたしたちにとっても新天地で、あたらしいお店やこどもの遊び場を探したり、楽しい探検が始められるようになったのもつい最近のことだ。軟禁状態の時期は、そんな楽しみもほとんどなかったせいか、引っ越し前の船橋のことばかり思い出していた。<br />西船橋には約３年住んだ。サラリーマンが寝に帰る街という西船橋は、はじめはとにかくまわりに何もなくてなんて不便な街だろうと思った。でも妊娠期間を過ごし、こどもを迎えるという人生の大きな出来事があった。少したつと、ちょっと遠くまで外に用をたしに出かけるのも運動になっていいかと思うようにもなり、あちこち開拓しておなじみの場所もできて、離れるとなると少しはさみしい気持ちにもなった。<br />離れる頃には、こどもの存在や保育園を通じたりして近所に知り合いもできてきて、やっとできたご近所との関係が終わるのもさみしかった。<br />西船橋はほんとになにもなかったけど、産婦人科と小児科と保育園と歯医者には恵まれた。それぞれの先生方には本当に感謝している。<br />先日転籍手続きでひさしぶりに船橋に行ってみると、慣れ親しんだ街はあいかわらずそこにあって、それがなんだか不思議に思え、もうここに来ることもないと思うとちょっと泣きそうな気持ちにもなった。<br />赤ちゃんだったKを乗せて強い日射しの中ベビーカーを押した道。その道を自転車の前にチャイルドシートをつけて初めて走った時の自由な速度。何度も何度も立った駅のホーム。よく寄った農家の直売所、事故後もよく食べた野菜。家族で通った湾岸沿いの道、店。<br />なぜついこのあいだまでそこにいたのに、今はいない？<br />３年前、船橋に引っ越す時は、その前に一人暮らししていた同じ千葉の松戸を離れることにこんなさみしさは感じなかった。船橋と松戸が近くて、行こうと思えばすぐ行ける距離だったり、十数年住んでそろそろ変化がほしいと思っていた時期だったこともあって、けっこう喜んで不便な西船橋に引っ越していった。<br />たぶん船橋に無自覚でも愛着を持っていたのは、やっぱりこどもを産み育てた街だからかもしれない。こどもを持つと近距離しか移動できないので、住む街との関係がクローズアップされてくる。でまた子育てはわたしにとっては苦しい思いの連続だったので、その苦しい思いとその苦しみの中で見つけた希望とかが、近所の道や街の風景とかさなりあって、それでよけいにこの船橋の街が感慨深く思い出されるのかもしれない。<br />もちろん仕事をする上でも苦労はあるけど、好きでやっていることだし、子育ての苦労にくらべればまだまだ軽い。<br />いずれこの新天地、浦和も慣れ親しんだ自分の場所に変わっていくんだろうか。<br /><br />とにかくまる二ヶ月たってやっと新年度の仕事の準備を始められそうだ。<br />今年度はおかげさまで、去年よりワークショップの仕事が増えたし、一応演出部に所属している劇団でも研究所の前期の実習授業も担当することになった。Kは4月から週3日保育園に通い、それでまかなえないところは実家であずかってもらいながら仕事をしていく。<br />来年度には３歳になって毎日保育園に通うから、やっと少しは自由がきくようになるだろうか。<br />ママは髪を切りに自由に美容室に行けるようになるのもこどもが３歳になって保育園に入ってから、と聞いていたけど、それは本当だった。<br />保育園前のこどもと過ごす時間を持ちながら、仕事もまた続けるには、一時保育週３日というのはわりと理想的かもしれないと思う。<br />船橋では、公立保育園の一時保育は働く母親の場合、月９日が限度だった。浦和では、一時保育をやっている公立保育園はそもそも少ないので、私立に入れたが、これがけっこう手厚いので助かる。<br />月極通常保育で毎日保育園に通わせて仕事することも考えたが、こどもの成長は早く、これが見られない、苦しくてもこの時期を一緒に過ごせないのはちょっともったいないと思えた。それに３歳前の保育料は所得にもよるけどすごく高い。まあそれでも保育士さんたちは重労働のわりにあわないお給料で、善意でやってくださっているようなものだから仕方ないのかもしれないけど、これじゃママがせっかく働きにでても保育園の支払いで終わってしまうから、働くのは気晴らしとか社会とのつなぎ的なことだけになる。多少はいつか役に立つかもしれないけど焼け石に水の「こども手当」をもらうより、もっとこういうインフラを早くなんとかしてほしい。と思っていると、昨日だったか、「総合こども園」のニュースがあった。「こども園」の話はもうとっくにでてたのに、とにかく遅い。<br /><br />そもそも新天地を浦和に決めたのは、まずはだんなの勤め先とわたしの実家までの距離との中間地点だったからだが、それにプラスして子育てインフラがいいと聞いたからだった。こどもの医療費は、船橋が一回200円だったのに対して、浦和は中学生まで無料。さらに公立志向が強く、中学も私立に行かせなくてすむ。この二点でも経済的にずいぶん助かるのだ。<br /><br />今年の仕事は「子育て」がテーマのものが多い。<br />たぶん子育てまっただ中の今しかできないような気もするので、今年はどっぷりつかって、この2年、妊娠中もふくめると３年を振り返りながら、それぞれの土地のみなさんと、日本や土地土地の子育てについて考えていきたい。<br /><br />まずはまたずいぶん時間がたってしまったけど、北九州での勉強会をふりかえって、それから各地の子育て事情をリサーチしつつ、ワークショップのプランをたてていこうと思う。<br /><br /><br /><br />
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<title>引っ越します</title>
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<description>今月26日に引っ越すというのに、こどもがいる時は作業が全くできないこともあって、荷造りがなかなか進まない。昨日は本当にありがたいことに仕事の仲間だった制作のSちゃんとノムさんが手伝いに来てくれた。Sちゃんは、ずっと作品を一緒に作ってきた人で、なぜか一緒のタイ...</description>
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<dc:date>2011-12-14T10:13:35+09:00</dc:date>
<dc:subject>Life</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[今月26日に引っ越すというのに、こどもがいる時は作業が全くできないこともあって、荷造りがなかなか進まない。昨日は本当にありがたいことに仕事の仲間だった制作のSちゃんとノムさんが手伝いに来てくれた。<br />Sちゃんは、ずっと作品を一緒に作ってきた人で、なぜか一緒のタイミングで結婚が決まり、新居探しをし、そして信じられないことに一週間違いで妊娠し、ちょうど一週間違いでSちゃんは女の子を、わたしは男の子を無事に産んだ。一緒に仕事してきたとはいえ、そこまで一緒じゃなくても〜、、、と冗談みたいな話で本人たちもびっくりだった。<br />今回はSちゃんの子Mちゃんも一緒にお泊まりに来てくれた。前の晩はSちゃんのお母さんやノムさんも来てくれて、本当にひさしぶりにみんなでにぎやかに過ごした。仕事をしていた頃は時々こんなふうにうちに集まってご飯を一緒に食べたりやっていたが、産後は初めてのことだ。今はちっちゃいのが二人チョロチョロして、それがなんとも和やかな風景で、こんなふうににぎやかなところでこどもを育てられたらどんなにいいだろうと思った。しかし子育て中の家には、以前の友だちも誰もほとんど人は来てくれず、それは社会から排除されたような、本当に孤独な日々なのだ。大人だって同じ人とずっとこもりきりで一緒にいたらおかしくなるだろうと想像つくように、母親だって大人の刺激が全く得られないところでずっとこどもといることはできないし、こどもを産んだからといってこどもと一緒にいるのが楽しくて仕方ないというふうにはならない。こどもだって母親以外の人と触れることで、社会性をみにつけ、違う価値観と出会い、解放されていく。二人きりの関係は煮詰まりやすい。<br />「ママ友」という言葉もあるが、こどもを産んだという共通の体験だけで親しい友だちとしてつきあうなんてほとんど不可能だ。という困難な状況に多くの母親はさらされている。<br />Sちゃんは、「社会復帰」という言葉は、子育て中の母親は社会に含まれていない、つまり社会に存在を認められていない存在だということをしめしていると言っていたが、本当にその通りだと思う。こんな社会をわたしたちは本当にのぞんでいるのだろうか？<br />Sちゃんとは産後数回あったがそんなにゆっくり話もできずだったが、今回はこどもたちが寝静まった後、夜更かししてずいぶんいろんな話をした。同じ世界で仕事をし、同じタイミングで仕事を休んだSちゃんとは、感じていることにやっぱりたくさん共通点があった。<br /><br />わたしがワークショップの仕事で少しずつまた自分の活動を始めたように、行動力のあるSちゃんもまた自分の活動を始めていた。なにができるかわからないけど、これから今感じている違和感を少しでも解消できるような活動がまた一緒にできたらいいと思う。<br />Sちゃんちと近所だったらどんなにいいだろうと思うが、Sちゃんちは神奈川で、うちは今度は埼玉なので、まだまだ離れたままだ。<br /><br />ということで、この夜はまた北九州の勉強会の続きのような夜になり、勉強会のフィードバックがまだできていないので早くやりたいのだが、引っ越しの準備が終わらなそうなので、荷造りのめどがついたところか、引っ越したあとでまとめたいと思う。<br /><br /><br />引っ越した後の連絡先のお問い合わせは、メールかmixi（ほとんどログインしてませんが）でお願いします。<br /><br /><br /><br />
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<item rdf:about="http://abehatsumi.dreamlog.jp/archives/5069054.html">
<title>今回のワークショップの結果</title>
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<description>今回のワークショップがどうだったのか、今後のためにもしっかりふりかえっておこうと思う。■目的こどもたちに自己や他者、世界への気づきの体験を目的としていた。知らなかった面を見たり、こうだと思っていたら意外と違うところもあった、とか、わかっていたと思っていた...</description>
<dc:creator>drecom_abehatsumi</dc:creator>
<dc:date>2011-12-02T11:43:40+09:00</dc:date>
<dc:subject>演劇ワークショップ</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[今回のワークショップがどうだったのか、今後のためにもしっかりふりかえっておこうと思う。<br /><br />■目的<br /><br />こどもたちに自己や他者、世界への気づきの体験を目的としていた。知らなかった面を見たり、こうだと思っていたら意外と違うところもあった、とか、わかっていたと思っていたことがわからなくなったり、疑問が生まれたり、そんな体験をしてほしいと思っていた。<br />これは普段作品製作の現場でも、作品が観客にとってそういうものであってほしいと思っているのだが、それを称して「思考の場としての演劇」という文章を書いたことがある。今回の目的ももっと単純に「立ち止まって考えたり感じたりしてみること」としてしまってもよかったのかもしれない。<br />そしてその思いを表現すること。<br />こどもたちに気づきの体験がどの程度あったのかを知るのは後のアンケートはあるが難しいし、その気づきはずっと未来にやってくるものもあるだろう。<br />立ちどまって考えたり感じたりすることができたか否かは、こどもたちのその場の反応でわかる。<br />今回は急ぎ足で作業に追われたことによって、こどもたち自身が気づきを気づきとして認識する時間、自己や他者の変化を認識する時間、立ち止まって感じてみる時間が足りなかったが、特定のグループや一部のこどもたちには問題に対する態度にはっきりと変化が見られ、わたし自身はそれなりの手応えを感じることができた。<br /><br />■方法<br /><br />人形劇というスタイル：<br />嫌がる子も若干いたけど、とりあえず全員参加できた。自分自身が演じるよりはやりやすかったと思う。声を自分の普段の声ではなく作り声にしてねと言ったけど、これがけっこう難しく、できた子は半数くらいだろうか。意外な結果だった。恥ずかしいからだろうか？そうかもしれない。自分が小6の頃のことを思い出すと、やっぱり恥ずかしがりだったから、作り声をやれと言われても確かに難しかったかもしれない。でもなにかのきっかけさえあればできそうな気もする。もっと軽い気持ちになってほしいのだ。これは今後の課題。「人形にあわせて声を変える」を強調したらやりやすいだろうか。<br /><br />人形：<br />劇場スタッフが人数分集めてくださったおかげで予算をかけずにできて助かった。<br />手を入れて操作できるタイプの人形はやっぱり使いやすく、とくにカメなんか表現も面白かったけど、全部手を入れるタイプになってしまってもアバウトさがなくなって面白くないので、大小ごちゃまぜでよかったと思う。<br /><br />小道具：<br />出発直前になって、こどもたちが小道具を使いたいと言い出したらどうしよう、と急に思いたって、学芸スタッフに紙とクレヨンなどを急遽用意してもらったのだが、学芸スタッフのNさんの「こどもたちがそっちに集中してしまうとやることがずれてしまうので、ない方がいい」というお言葉どうり、なくてなにも問題はなかったし、ない方がよかった。そのおかげでこどもたちは想像力で「見立て」をしながらより演劇的に表現を作っていった。<br /><br />人数とグループ数：<br />５、６人グループ×５グループ。１グループの人数はこれが限界。グループは使える時間に対してちょっと多かったので、ほとんど関わってあげられないグループができてしまったのが申し訳なかった。今回のような時間と人数の場合、１グループの人数を増やしてグループ数を減らすことは難しいので、これはどう解消したらいいだろうか。単純に時間を増やせれば解消はできるだろうが、その他の方法はないだろうか。今後の課題。<br /><br />日数：<br />１回目、学校との事前打ち合わせとこどもたちの授業見学（英語１コマ）ー７月<br />２回目、こどもたちとの事前対面質疑応答（１コマ）ー９月<br />３回目、ワークショップ一日目（４コマ）<br />４回目、ワークショップ二日目（４コマ）<br />以上のように、今回はトータルで４回（４日間）、９コマを使わせてもらった。<br />今回のプログラムはやはりワークショップだけで最低でも二日は必要だった。<br />しかしこの内容ができたのは、事前にこどもたちと会ったり、アンケートに答えてもらったり、学習発表会のビデオ映像を送ってもらって家で見たりして、ワークショップの前に、こどもたち２６人の一人一人を知る努力をかなりして、一人一人をどこでどう生かせるかを考えていたからだ。<br />おかげで今回はひさしぶりにこどもたち一人一人の顔が見えるワークショップができたし、それはちゃんとみんなに伝わっていたと思う。自分のことも見ててくれてると思うとこどもたちはけっこうそれに応えてくれるし、それで内容の質はぐっとあがる。今回は事前調査まで含めてそれがぎりぎりできる最低限の日数だったと思う。<br />しかしせっかく作りかけたこどもたちの人形劇を、保護者や下級生たちに見せられるくらいにするには、最低でもあと２日くらいはいるだろうと思う。<br /><br />スケジュール：<br />タイムスケジュールと最低限の進行表はあらかじめ作っておいたので、それに従ってだいたい滞りなく進行できた。<br />今回は１日目を練習、２日目を本番みたいに使った。<br />１日目にやりたいことをやってもらって、こどもたちのやる気やアイデアを引き出したり、一人一人を把握する時間として使い、２日目は１日目に出てきたものを生かしつつこちらからのコメントをふまえて作り直してもらったが、自分自身はこれはいつものパターンなのでやりやすかった。まずそれぞれ素材をよく見た上でどこをどう生かしたらいいか考え、それをふまえて一緒に作るという方法で、これは作品製作の時もワークショップの時も変わらない。これが一番やりやすい。なので、これができない一日だけのこどものワークショップはけっこうきつい。対象が高校生以上大人の場合は話が通じるので一日だけというのもアリなのだが、小中学生、とくに小学生は厳しい。<br />時間はよく押してしまうのでいつも注意が必要。今回は講評の時間が足りなかったのに、アシスタントのお二人にもコメントしてもらってしまったが、まず自分一人で言って、補足があったら足してもらうようにしたら時間がオーバーせずにすんだだろう。<br /><br />場所：<br />視聴覚室。普通の教室ほどの大きさ。体を動かしたりということではなかったので、十分だった。<br />教室のように個人のモノが置いていなかったので、作業はしやすかったかもしれない。<br /><br />それぞれのテーマと目的：<br /><br />１工場の街にすむ子の物語<br />「自分の足下からの出発。自分の街を架空の街に置き換えることで客観的に見てみる。」を目的にしていた。一日目に彼らが作ったのは、ファンタジー要素の強い単純なストーリーで、自分たちの街との共通点は「空気が汚い」こと以外なかった。二日目にはもっと自分たちの街に近い話として、具体的に考えてもらったらよくなったが、時間が足りず目的を共有してもらうところまでは行けなかった。しっかり最後まで作れたら、他のグループの物語とつなげて、自分の住む町を違う角度から見てみるという体験ができるのではないだろうか。今回このグループの子たちが体験したことは、街のことを考えたというよりも、「一日目にできなかったことが、二日目にうまくできた」ということの方が大きかったかもしれない。それでも嫌だと思っていた工場の街を、一面的ではなく、いいところ悪いところ両方考えた、ということは記憶に残ってくれるかもしれない。<br /><br />２怖いものがない子の物語<br />「＜怖いものがない＞とはどういうことなのか、本当に＜ない＞のか考えてみる。」が目的だったが、これは一日目の終わりに「こわいものはあるよ〜」というこどもたちの告白で、なんだやっぱりあるんじゃんうそつきー、ということであっさりと裏切られたテーマ。なら「こわいものはない、と言いたがる子の物語」に変更すればよかったと今思いつくが、じゃその目的はなに？と考えると今回はそうしてみてもそれほど有意義なテーマにはならなかっただろう。こどもたちは簡単にウソもつくし、考えはころころ変わる、ということを念頭において今後に備えましょう。<br />でもここのチームはみんなで協力して表現を作る、ということをとても楽しんでいたし、よくできていたと思う。<br />しかし本当に怖いものについて考える、というのは難しいことだとつくづく思った。<br /><br />３いじめにあったらどうしようと思っている子の物語<br />「未知の世界の扉の前に立つ時に生じる不安や怖れと向き合ってみる。」<br />この目的は最低限は達成できたと思う。もっと掘り下げて考えてもよかった。実際のいじめがないこのクラスだからできることだった。<br /><br />４冒険旅行をした子の物語<br />「大きなスケールのファンタジーを通して、未知の世界の困難や楽しさを表現してみる。」という目的の遂行は、こちらの意図していたこととしては難しかったと思う。やっぱりもう少し自分たちに近づけて考えてほしかったし、このグループの発表をみて、ほかのこどもたちが困難があっても冒険楽しそうだなと思ってくれるような作品を生みたかった。でも時間の関係でこのグループにはわたし自身はほとんど関われなかったので残念。<br /><br />５一人暮らしをした子の物語<br />「現実にいつかおとずれる「ひとり立ち」を、「一人暮らし」のテーマを通して想像してみる。」<br />これもある程度うまくいったケース。いじめのテーマ同様に自分事になりやすかったし、表現も具体的で面白かった。<br /><br />総合的にみてみると、こどもたちにとっては自分たちの関心事や普段の生活から離れたテーマほど、自分事にしたり、具体的にするのが難しかったことがわかる。うまくいった「いじめ」と「一人暮らし」のテーマはこどもたちの中で強い感情をかきたてるテーマだし、いじめは経験もあるだろうから、「自分事・具体的」になりやすかったのだろう。それにこの二つはほとんど負の方向だからよけいだ。ここで自分の中にある漠然とした不安や怖れと向き合い、問題を客観的にみてみたり、角度をかえて考えてみることで、必要以上におびえることはないということに気づいたり、問題に対処していこうとする積極性が生まれたり、という変化が起きる。<br />たとえば今回、すべてのグループが「いじめ」のテーマで作品を作ったらどうだっただろうか。それもありだったと思うが、このこどもたちの場合、それは現在ではなく過去か未来の出来事になるからそのまま扱えば地域のテーマからは遠ざかるもはずれないか、と思う。<br /><br />こどもたちへの接し方：<br />ひさしぶりに勘がもどった。妊娠出産でホルモンバランスが崩れたせいか、「自分」がどんな人間であるかという自己イメージまで壊れる体験をして以来、ワークショップでこどもたちにどんなふうに接していたか忘れてしまっていた。なんだかどう接したらよいやら困っていたが、今回ワークショップの少し前に勘がもどってきて、これだ、と思い出したことがあった。なぜかわからないが、少し前に授乳をやめたので、またホルモンバランスが崩れて妊娠前に体が戻ったからだろうか？<br />こどもたちの一人一人の存在を肯定するように、ほんとにストレートに接していただけだったのだけれどこれがなかなか思い出せなかった。こどもは大人よりももっともっとストレートにいく必要があるのだった。<br />これを忘れてこどもたちに接して、叱ろうものなら一瞬にして関係も雰囲気も崩れてしまう。<br />アシスタントのノムさんにも、こどもたちをできるだけ叱らないようにお願いしていたが、今回は「厳しいプロから指導を受けるということだから厳しく、叱ってもらってもOK」という校長先生の許可がおりた。叱ることについては今回のように事前に先生方との役割分担と合意をとっておくとスムーズだと思った。<br /><br /><br />■終了後のアンケート（記名）とインタビューの結果<br /><br />見えてきたのはけっこう意外な効果だった。<br /><br />楽しかったかどうか、また参加したいかどうかという質問には、ありがたいことに全員が「楽しかった」「また参加したい」に○をつけてくれた。これは終わったあとのこどもたちの表情が充実していたことから、ウソではないだろうと思う。<br /><br />参加してどう感じたかという質問（複数回答）に、「みんなで一緒に何かを作ったり、協力することが楽しかった」という答えが17、「阿部初美さんと一緒に劇を作ったり、活動したりして楽しかった」が10（一緒にできた子がかぎられてしまい申し訳ないです）、「自分の気持ちを動きや言葉で伝えることができた」が7、「今までは知らなかった友だちのよいところを発見できた」が5、という結果だった。<br />みんなでの作業が楽しかった、という答えが圧倒的に多かったし、youtubeにアップされたインタビューでも三人のこどもたちが同じことを言っていて、これは前のブログにも書いたように、ふだんはこういうふうに、対面で話しながらアイデアを出しながらみんなで共同作業をする、ということが普段あまりないかららしい。インタビューされたFくんがそう話していた。この年頃の多くの男の子たちのように、同じ空間にいてもゲーム機を一人一つ手にしてほとんど会話もなく、という遊びが主流であれば、本当にこんな共同作業をする機会はめったにないだろう。<br />そういえば担任のN先生も、「このこたちはマイペースで、共同作業は苦手です」とおっしゃっていた。<br />演劇の「共同作業」はコミュニケーション能力を培うのにもとても適したツールかもしれない。<br />わたし自身も演出なんて仕事を選んでおきながら、人前で話すのがとても苦手なタイプだった。どういう内容を、誰に、どう伝えたらわかってもらえるか、ということは、演出の仕事を続けるうちに本当によく学ばせられた。おかげで今では３時間であっても４時間であってもまだまだ足りない、というくらいお話するようになってしまったのだが。。。<br />質問事項に、「考えること」や「発見」に関する質問も入っていたらよかったねと、あとでアンケートを作成した学芸Mさんと話しあった。<br /><br />次の質問はヒットだった。「この授業を何度か受けるとどんな風に自分が変わると思うか？」という質問（複数回答）だ。もっとも多く、とても驚いたのは、「自分のすることや言うことに自信が持てるようになる」という答えで、これが16人。「今までより自分の気持ちを友だちや家族にわかりやすく伝えられるようになる」が、ついで13、「自分や友だちのいいところや知らなかったところを発見できるようになる」が7、「授業中に発表するのがはずかしくなくなる」も同じく7、という結果だった。<br />一番トップにきたのは、こちらがあまり意識して目的に組み込んでいないことだったので驚いた。<br />しかしこれは実はわたし自身が現場でモットーとしていることで、それはそこにいる誰もが気兼ねなく話せるような雰囲気を作ることなのだが、そのためにどの人どの子の言うことも尊重して聞くことを心がけている。だからわたしの現場ではたしかにみんな言いたいことを言うようになる。これが伝わったんだろうかと思う。しかし意図ではなかったとしても、そうなってくれたらそれは本当に嬉しい。今後はここにも「考えることが楽しくなる」とかの答えも入れておいてほしい。<br />この質問のヒットたるゆえんは、演劇ワークショップを普及させるにあたって、体験したこどもたちの言葉で、その予想効果を語ってもらっていることにある。こどもたち自身がそういうならと、こどものためを思う大人を考えさせてくれるだろう。今までなぜこういう質問がなかったのだろうかと不思議に思う。<br /><br />放課後のフィードバックでは口数の少なかったN先生も、終了後のインタビューでは「もっとやってもよかった」と、もう少し長期のワークショップを希望してくださっていたという話を聞いた。今回のワークショップについて、よくご理解くださり、こどもたちのためになると判断してくださったんだなと思う。<br /><br />■学芸スタッフとの作業<br /><br />今回はとても合理的、スムーズに仕事ができた。自分一人では迷うことも、学芸のNさんMさんから助言をいただき、うまく進められたことも多々あってありがたかった。なにしろやりやすかったのは、みんな私的な感情に惑わされることなく、どうしたら目的をうまく遂行できるか、それだけを考えて動いていたことだ。<br />これは本当は当たり前のことだけれど、もっと力関係とか、私的な欲とか、いろんなものに惑わされて目がくもり、言いたい事が言えなくなったり、言いたい事と違うことを言ってしまったり、本来の目的に向かって合理的に動けなくなってしまうこともたくさんあるのだ。<br />なのでこういうふうにストレートに仕事ができることは珍しく、本当に気持ちがよかった。<br />Mさんは人の都合も考えずじゃんじゃん連絡してきてくれて、目的のためならどんなにだって動く、という気合いが伝わってくる。それで抜けもカバーできるし、催促されることでなんとか時間をとってこちらも進めようと努力できたので本当に助かった。連絡を遠慮されるのはとてもさみしい。<br />Nさんの肝の大きさには驚かされることもあった。今回は初めてのプログラムということもあり、自分自身、かなり用意をしてきたが、それに理解をしめしてくださると、ワークショップ前日の打ち合わせでは、「ここまでやったんだから、結果の分析さえしっかりできれば、あとは失敗してもなにしてもいいですよ」と、ぽん、と言えてしまうような度量の深さである。この言葉にはどれほど救われたかわからない。今は「失敗はゆるされない」ような風潮や雰囲気が広がっているが、人は失敗から学ぶのである。そのことを忘れていない、希有な人なのだ。さらにワークショップ終了後の食事の最中だったか、こちらがやれることを最大限やって、それでも結果がでないと学校側が言うとしたら「それがおたくのお子さんたちの実力ですよ、ってことですよ」と、ぽんと言い切るような厳しさ。Nさんは、地元で一つの学校で７年間、アウトチーチ事業を継続し、ひとつの文化活動を作った人で、その厳しくあたたかく筋の通った言葉は、こういう経験からでてくるのかもしれない。<br />今回のプログラムは、Mさんからの「新しい内要、地域に関すること」というオーダーとNさんの「信じてますから」という信頼を受けて開発したものだったが、今までで一番自分らしいワークショップができたのではないかと思う。これは感謝である。「新しい内要」は時に失敗のリスクをともなうが、それでもこういうチャレンジングなオーダーをしてくれる人がいると、それがいろんな変化を起こすきっかけになるので、本来必要なものなのだし、Mさんのような若手が失敗を恐れずにチャレンジして成功したり失敗して学んだりして活躍することで、劇場もどんどんいい変化を起こすことができるだろう。それにNさんのようなベテランとの共同作業やサポートがあるのはすばらしい。<br /><br />今回に関してはだいたいこんなところだろうか。<br /><br />残った今後の課題については引き続き考えていきたいと思う。<br />北九州三日目の劇場での「勉強会」についても、来年都内の劇場で行う「子育てを考える」ワークショップにつながっていくので、時間を見つけてしっかり振り返っておきたい。<br /><br /><br /><br /><br /><br /><br />
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<title>ワークショップ(小学生) in 北九州２続</title>
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<description>■６時間目５時間目の発表に対する感想と意見交換、講評の時間であるが、発表がおしてしまったため、あまり時間がない。感想意見交換は少しすっとばし気味で講評をメインにする。１工場グループはとにかくちゃんと発表ができたことがよかった。いいところ悪いところ両方入っ...</description>
<dc:creator>drecom_abehatsumi</dc:creator>
<dc:date>2011-12-02T11:22:40+09:00</dc:date>
<dc:subject>演劇ワークショップ</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[■６時間目<br /><br />５時間目の発表に対する感想と意見交換、講評の時間であるが、発表がおしてしまったため、あまり時間がない。感想意見交換は少しすっとばし気味で講評をメインにする。<br /><br />１工場グループはとにかくちゃんと発表ができたことがよかった。いいところ悪いところ両方入って具体的になったし、演技も緊張感があってとてもよかった。この緊張感はとても大切で、それは相手を尊重する気持ちにつながってるんだよと伝える。<br /><br />２怖いものなしグループはたしかに表現も工夫しててうまいし、本当に怖いもの「津波」がひとつ入ったけど、どうだった？とみんなに問う。まっとうに答えてくれそうなSくんを指名するとSくんは「あんなお母さんでも死んじゃったら悲しい」と答えた。予想的中、「わたしの言いたい事は今Sくんが言ってくれたよ」。本当に怖いものを入れたけど、このグループはそれまで笑いの表現にしちゃったよね。一瞬でもいいから、本当に怖いことを笑いにしないでしっかり感じてみる時間がほしかったな。と言うと、こどもたちはしんとなって、ちゃんとこの言葉は届いたようだった。しかしそれを想像するのはとても怖いことでもあるし、本当に想像できるかどうかわからないことでもある。この課題やこの講評は、彼らだからできたことで、もっと怖がりな子たちのいる学校、クラスでは難しい。<br /><br />３いじめグループは、話し合いはとてもよかったけど、物語を作って表現を考えて練習する時間がぜんぜん足りなかった。でも話し合いはとてもよかった。初めはやっぱり「いじめ」というテーマで、不安そうな顔をしていたこどもたちは、いじめる側はなぜいじめるのか、と考えを進めるうちにみんなだんだんおびえが消えてとても冷静な表情になっていったのがとても印象的だった。こういう変化を見るのはとても嬉しい。しかし彼らは二日間というあまりに短い時間を目の前の作業に夢中で過ごしているので、自分自身でこの変化に気づくことができない。このワークショップが終わってしばしのち、いつか気づくことがあるのかもしれないが、本人たちにも先生たちにも気づいてもらえないのはあまりにもったいないと思い、このことを講評で指摘しておいた。自分でちょっと強引だなと思った。本当は言いたくなかった。長期ワークショップだと、わざわざこんなことをわたしが言わなくても、先生たちにもこどもたちの変化は手にとるようにわかるし、こどもたちも自分自身の変化を暗黙のうちに受け入れており合いをつけていく。そうすると演劇ワークショップの意義は〜、なんて説明しなくてもすむようになるのだ。<br />しかしこの「いじめ」のテーマができたのも、このクラスこのこどもたちの間に本物のいじめがなかったからだ。本物のいじめが存在するようなクラスでは、ダイレクトにいじめをテーマにすることは難しいケースがほとんどだろう。その場合はもっと遠まわりでそっと近づいていかなければならない。<br /><br />４冒険旅行グループは、表現は工夫が見られて面白かったけど、なんでこういうお話にしたのかわからなかったことを伝えた。ここはけっこうお勉強できる子が多いチームなので、それでわかってくれたみたいだったけど、もう少し手伝ってあげたかった。<br /><br />５一人暮らしグループは、上演時間は長かったけど、表現も具体的になったし、それぞれの子たちの人生が見えて本当に面白かったこと、いじめグループの子たち同様、「一人暮らし」のテーマにとても不安そうな顔をして作業を始めたMさんも、だんだん楽しんできるようになって、発表でもとてもユニークな表現ができてよかったことを伝えた。みんなも満足そうな顔をしていた。<br /><br />終了時間がずいぶんオーバーしてしまって、長時間の集中を強いられていたこどもたちはやっぱり少しお疲れのようだったけど、本当にみんな最後までよくがんばってくれたと思う。うまく表現できた子たちも、時間が足りなかった子たちもみんなそれなりに満足そうな顔をしていた。その証拠に、劇場からの事後アンケートでは全員が「楽しかった」に○、「また参加してみたい」に○をつけてくれていた。<br />とりあえず今回はそれぞれなにかを体験してもらえたかな、と思う。<br /><br />劇場スタッフがクラスから３人のこどもたちにインタビューをしていた。その様子はYoutubeにアップされているが、限定公開のようなので、公表できないのが残念だが、みんなくちぐちに、「みんなで考えながら表現を作っていくのが楽しかった」と言っている。なるほどと思う。遊ぶ時も同じ空間にいても一人一個ゲームを持ってバラバラに遊ぶことが多い中、たしかにこんなふうに対面で話し合いながら、ぶつかったり協調したり折り合いをつけたりしながら、生のコミュニケーションで共同作業をする時間は少ないのかもしれない。<br /><br />■放課後、フィードバック<br /><br />今日は校長先生がお留守なので、教頭先生が一日ところどころ抜けながらもおつきあいくださったので、まず教頭先生からお話をうかがう。この教頭先生も何度かお会いしているが、とても笑顔のさわやかな裏表のないような明るい先生で、こんな先生方のいるこの学校はうらやましいなと思う。<br />夏の事前調査の一コマでは、わたしの質問にがちゃがちゃ騒がしかったこどもたちをどなりつけて喝を入れてくださった教頭先生もこの日はまったく怒鳴ることなく穏やかにこどもたちを見守っていた。<br />「こどもたちはちゃんと作業の中に入ってやってたと思います」と、教頭先生もこどもたちのがんばりを認めた。そしてつづけた。<br />学校では発表会と言えばプロセスよりも結果重視にならざるを得ないところがあり、M（一人暮らしグループで活躍した女の子）なんかは、普通だったら「声が小さい（からしっかり出せ）！」ということになるんだけど、今日はとても彼女らしい表現ができていたと思う。最近は「ものを考える」ことがカッコ悪い、という風潮があって、照れ隠しでふざけたり笑いに走ったりしてしまう。当たり前のことを当たり前に言うのが難しくなっている。<br />という貴重な先生の思いを聞かせてくださった。こんなふうに日頃本当に感じている難しさを話してくれる先生も少ない。<br /><br />先生方との話では、自分とこの学校はこんな取り組みもあんな取り組みもやっています、という学校自慢になってしまうこともよくあるのだ。演劇ワークショップの意義を説明しても、それならうちだってこういうことをやってます、となってしまい、これは「本来うちでは演劇ワークショップなど必要ないのにやってあげてるんですよ」と言われているのと同じだし、それで一日限りのワークショップだったりするとなんのためにやったの？的な感じで、やっぱりこれは必要なし、となり、本来の演劇の力は発揮されず、それで助かったかもしれないこどもも助からなくなる。<br />今回のようないい学校、いい先生ほど、本音で話をしてくれるし、目的を許容、共有してくれるのだ。<br /><br />遅れてN先生がやってくる。N先生は口数が少ないながらも、劇場スタッフのどうでした？という問いかけに、「K（いじめグループの女の子）なんかは本当に自分の思いを表現にできたんじゃないかな」とぽそっと言った。<br />そのうち校長先生がお戻りになり、こちらにすぐに来てくださった。この女性の校長はなかなかの人物で、学校をよくするためならなんだってやる、とても行動力のある方で、今回の二日間ではあるがこの贅沢な企画を受け入れてくださったのであるが、校長先生にはわたしのワークショップについて、どれだけご理解いただけたのだろうかと心に残る。本当に自分の文脈で理解した、という時先生方は、目を輝かせながら「演劇ワークショップって、こういうことなんですね？」と、自分の言葉で確認されに来ることが多いのだが、校長先生は最後までなにかを探っているようだった。なにかもっと、校長先生にヒットするような要素や言葉が見つかればよかったのに、と思う。<br />それにしてもいい学校だった。先生方とも別れがたいような気持ちになった。あの子たちの今後の成長の様子もまた知りたいと思った。<br /><br />そしてこの夜は、山口YCAMでの高校演劇ワークショップで育ってくれた元高校生たちと顧問の先生が、山口からわざわざ関門海峡を越えてわたしにその成長した姿を見せに来てくれたのだった。こういう再会は本当に嬉しい。<br /><br />今回のワークショップの結果は、またこのブログで分析していきたい。<br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br />
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