一人の男と一人の女、何人かの子供、食べたり寝たりするためのわずかの家具什器、家庭に必要なものはこれだけである。世界創造のはじめは丁度そのようなものであった。

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師、太田省吾の『更地』という作品の一節です。

子どもも成長して家を出て、これから家を建てかえて、新たな生活を始めようとするある夫婦が、ある夜、更地となった我が家にやってきて、そこで過ぎ去った人生の時間を旅する。

とても美しい作品です。

一昨日、家探しでみたあるマンションの一室にも、そんな夫婦が訪れたそうです。
子どもたちが独立して、もう大きな家は必要なくなって、人生の残された時間を、夫婦ふたりで新しく生きるための家を探して。

前回の日記でも、師の太田省吾のことに少し触れましたが、師の作品との出会いは、この『更地』という作品で、たしかそれは1991年の冬のことでした。

演劇嫌いだったわたしは、それでも演劇の世界の入り口を探して、太田省吾という名前をたよりにこの作品とめぐりあい、その入り口を見つけたのでした。
一人の男を演じていたのは、太田さんが主宰していた「転形劇場」出身の瀬川哲也さん、そして一人の女は、現在わたしの所属する「演劇集団円」の岸田今日子さんで、美術は現代美術家の内藤礼さんでした。
それからわたしは、太田さんと出会い、この作品の再演にはツアーメンバーの一人となって、日本中の都市や、アメリカやポーランドの都市を、まるで家族のようにともに旅しました。

それから10年ちょっとが過ぎて、もう太田さんも、瀬川さんも今日子さんも、いなくなってしまい、そして今年、川崎市アートセンターの「太田省吾追悼企画」で、この作品を演出することになりました。まさか自分がこの作品を手がけることになるなんて、夢にも思ってませんでした。
20代をずっとともに過ごしてきた作品ですが、新たな『更地』をみつけるために、ちょっとためらいながら、この作品と向かいあっています。

今年6月の第3週、川崎市アートセンターでの上演になります。